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アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

・°☆”Core Rebirth あなここ”オフィシャルブログ☆.。アダルトチルドレン(毒親・機能不全家庭・コミュニケーション不全・喪失感・依存症)から失った自分を取り戻すブログ

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【不登校とACの解決のために】自分の感情の段階をはかりましょう

子どもが不登校になる家庭では、家族全体が感情を封鎖している状態がよく見られます。

まずは、お母さんが感情を解放しましょう

しかし、今自分の段階がどこであるのかを知っておく必要もあります。

感情の段階を大まかに書き記しておきます。参考にしてみてくださいね



幼い頃、感情を出す事を禁止された状態が連続して続く

次第に感情を出す事を諦めていく

我慢することが「普通」の状態になる

我慢した感情は・・・
問題行動・不安・空虚感・離人感・腸過敏・心身症など
形を変えて表されます

それらを抱えつつ、社会で経験値から導き出される
とりあえずの対処法(逃し)を作っていきます

結婚し子どもが生まれ、「感情の塊である子ども」にどう対処していいか分からず
不安、恐怖で、パニック、おろおろ、自虐、他虐などが起こります

感情の塊である子どもの感情を封鎖しようと無視・怒り・虐待となります

子どもの感情も封鎖されていきます

封鎖された感情は、どこかで出そうとするのが自然なことです
子どもに問題行動が起こり始めます
(この段階が落ち着きが無い、集中力が無い、友達とうまく遊べない)

やがて不登校や、家庭内で暴れたりすることになります



*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*



次に閉じ込めている感情解放の段階を書いておきます。


①自分が我慢していることに気づく
(我慢していることが普通の状態であることに気づくためには
人との密接なかかわりが必要になります)

②自分と相手の違和感に気づく

③自分の違和感を表現していく

④自分の怒り・悲しみに気がつく

⑤感情を表現する練習

 *最初は、「訴え」「泣く」「怒り」の状態が多いです。

この状態が出てくる時、かなり安心度が高まっていると感じます。
「出してもいいんだ」という安心感が、一気に今まで我慢していた感情を
噴出させていきます。
まだ、主観が強い状態です。

⑥上手に表現する練習

 ⑤を一般的な社会で行うと、人との関係がうまくいきません。
 そこで、一旦吐き出した感情を、私たちと一緒に整理して
 客観的に感じる練習をします
 

⑦自分の本当の気持ちを伝える

主観的思考と、客観的思考のバランスをとりながら
他者を受け入れる準備をしていきます。
そして、自分の気持ちを穏やかに相手に伝える練習をしていきます。


(。・_・。)o*――゚+.――゚+.――゚+.――゚+.――*o(*^_^*)


感情を出すプロセスを簡単に書いてみましたが、
禁じられていた感情を出すことは、本人にとっては、かなりの勇気が必要です。
感情を抑圧し、すり替えたり、逃したりしてきた人たちは
自分の本当の気持ちが分からなくなってしまっています。
分からないことが、普通の状態であるから、常に自分が空虚なのですね。
実は、禁じられた封印を解くよりも、空虚であることを選んでいるのです。
それらを誤魔化すために、アディクションという行為が起こるのだろうと思います。

守り続けてきた封印を解放する時、
それは、地球が壊れるくらいの気持ちになります。
(ちなみに、文句や訴えと感情は違うものです)

感情解放は、人と人の信頼の中で時間をかけて行われなければなりません。
経験上、本を読んで、出来るものではありません。

人によって傷つき閉じた心の扉は、人によって癒され開けられる

さて、あなたは今、どの段階でしょうか。
 
 

関係ブログ記事:喪失感を意識しなければならない理由(壊れた心を取り戻すより)

回復の過程~感情の表現方法~歩いていこうより

| 不登校とAC | 18:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【不登校】不登校の現状とあなここの指針

恐らく、このブログを読んで下さる方は、
「なんでうちの子が不登校になっちゃったの?どうすればいいの?」
という方が大半だろうと思います。

不登校の情報は、今やあふれるほどありますが、
長年、不登校に関わってきて時代の変化を感じています。
昨今の流れとして、表面だけを整える
あるいは、方法論、理論が中心であることが伺えます。

しかし、不登校の人数は数年前は13万人と言われ、今や16万人とも言われています。
クラスに2~3人は不登校が発生している換算です。
また、方法論の普及や指導教室・フリースクール等の配置によって、
かすかですが16万から減少しつつあるようです。

その反対に引きこもり人口が2007年のデータで推定180万人。
2010年のデータでその2倍の360万人とも言われます。
もちろん、データに上がらない引きこもり数を考えると
もっと倍増するのではないかと感じます。

もしかしたら、不登校から復学(?)したのち、
社会に出て、再度とん挫している可能性が多いのかもしれない事も想像できますし
または、学校はとりあえず出たものの、自立できない子どもたちが
増えていることを示すのかもしれませんね。

また、不登校16万といえど、子どもの数が減少していることを思えば
むしろ増えているか横ばい状態が続いているのではないかと考えられます。

恐らく、小手先のやり方で、一旦復帰したように見えて
子どもたち自身の「自力」がつくまで至らないのが現状ではないかと
そんな気がします。


不登校、引きこもりの現状を考えると
今の方法、やり方では、何かが、おかしいのではないか?と
そんな気がしています。
誰も、不登校の根本にあるものを分かっていないのではないのか・・・


私の息子もかつて不登校でしたが
母親としての私の変化、
今の仕事を一番近くで見て、私がどういう事をしているのかを
じっと見ている感じを受けます。

1年前ほどでしたけど、息子が私に言った言葉があります。


「お母さんたち(私ときんたろうさん)のやってる事って

 時代のすごく先を行っている気がする。
 
 同時に、人間が元々持っていたはずの 失ったものを取り戻そうとしているように見える。

 だから、あなここのセッションは、一番新しくて、一番原始的なんだと思う」


その言葉を聞いた時に、鳥肌がたちました。
20歳やそこらの子どもが、セッションの方向性を
感じているということにびっくりでした。
「なんで分かったん!?」思わず息子にそう聞いた私がいました。


あなここのセッションは、カウンセリングとは違う面をもちながら

クライエントが持っている可能性を最大限生かし、

枠を広げていこうとするものです。

その中で、クライエント自身が、自然と人間らしい暖かさを身につけ

さらに身近な人に、暖かさのバトンを伝えていくことができるようになること・・・

その連鎖が起こった時に、「私も幸せ、あなたも幸せ」「私もOK あなたもOK」という

人と人の絆が深められ、笑顔の輪が広がること

そのプロセスの中で、子どもたちの問題、家族の問題が自然に解決していく

そんなセッションです。


もちろん、私たち自身も10年、20年先の時代を先取りしたセッションだという自覚があります。

方法論にどっぷりつかってしまった新規のクライエントさんの思考の転換を図るのに、

みっちりやって半年かかります^^;

それくらい、方法論が根強く浸透しているということを示します。

そして、今の時代的にも、方法論が優勢であることを示します。


今後、先取りした10年、20年をいかに短縮していくか、

これからの課題であると思っています。



傾聴だけのカウンセラーなら、山ほどいます。

恐らく、聞いて欲しいだけの方には不向きでしょう。

困っていない人にも不向きでしょう。


私の不登校経験の華々しい?経験やカウンセラーとしての知識を

押し付ける気もありません。

私の経験と皆さんの経験は違うので、セッションとは別の話です。



しかし、どちらにしても痛みのない成長は、どこにもありません。

本を読んで、「なるほど~!」と知識を知ったからといって、

それを実践できるかというと、そんなことは無いのと同じです。


だから、あなここでは、徹底的に聞いていきます。

笑いあり、涙あり、怒りあり、様々なドラマをクライエント様と共に感じ

私たちも、また同じイメージングの中で深く疑似体験していきます。


「私は、あなたの本当の気持ちを知りたいのです」

表面で誤魔化し続けた人生ではなく、自分が何者なのか分からない人生でなく

空虚な人生から自分の人生を生きたい、それを子どもたちに伝えたい

必死でそう願っている人があなここを訪ねてきます。

そして、少しでも 心から本当の自分を取り戻して欲しいと

今日も、最先端でありながら^^;全力で活動しています。


珍しくおまけがあります。

あなここ秘話です。興味がある方は、どうぞ左下の >>「Read more」のリンクをポチっとね。

>> Read More

| 不登校とAC | 16:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【不登校】不登校の子どもさんを持つ親のケア

不登校の子供さんを持つお母さん方とお話をしていくと

次第に不登校の問題よりも親側の癒されない心の傷が

クローズアップされてきます。

親の側の癒されていない心の傷が、

親が子どもに対して日ごろから行っている言葉、態度、表情などに

影響を及ぼすことで、親子のコミュニケーションのズレを

起こしているのではないか・・・そんなことを感じます。


私の子どもが不登校になったのは、もう7年前になります。

月日のたつのは、早いものですね。

7年前は、ネットやブログも、今ほど普及しておらず

情報収集に、やっきだったことを思い出します。

たった7年前のことであるのに、

このネットコミュニケーションの環境の違いは、すごいと改めて感じます。


今や、不登校に関する情報量がすごいですね。

気軽に、不登校のことを書ける環境、

ネットでのつながりが形成できることは良くもあり、悪くもあり。

良い点としては、地域では孤独になりがちな親ごさんたちが

ネットの中では、同じ悩みを共有できるという点でしょうか。


反対に、悪い点は、

情報の分派が起こっている気がします。

たとえば、「小児うつ」なら、小児うつのネットワーク。

「起立性」なら起立性のネットワーク。

あるいは、「発達関係」なら、そのネットワーク。

「睡眠障害」「IBS」などもそうかもしれません。

そして、それぞれの主義主張で、お互いに相入れない感じを受けます。

情報が広がっているようで、意外と狭義の中の情報しか入れない、

そんな感じがするのです。


不登校は、家族全体のトータルなものとして考えていく方が、

全体像が見えやすく、問題点も見つけやすい感じがしますが、

このやり方であれば、じっくりと親が自分と取り組まなければならない難点があります。


対して、狭義のシステムの中であれば、

この方法、こういうやり方、治療、薬、あるいは、理論など、

割に手軽にまとまったが情報情報交換の中で手に入ります。


私自身も、私の子どもが不登校になった頃、

「小児うつ病」「起立性調節障害」という大義の診断名があったこともあり

小児うつ、起立性関連のネットワークにどっぷりとはまりました。

理論的なものも、暗記できるほど読んだと思います。

(今はすっかり忘れてしまいました・・・^^;)

しかし・・・


「おうちでゆっくり過ごさせてください」という方法論を手に入れたとして

どのくらいゆっくりなのか、感覚的にさっぱり分からない。

その上、ちょっと元気にゲームなどをし始めたら

学校へ行きなさいという空気を、ガンガン醸し出す。

自分の衝動が止められない、やめられない。

あげく「学校へ行ってみる?」と声かけして、

その夜、子どもが落ち込んで、リストカットする・・・

慌てて、「行かないでいいよ~」と言いなおす。

あげて、落として、子どもをがっかりさせてしまう。

一体、私は、どうすりゃいいんだ??という焦りの状態。


ある所では、「子どもさんを見守ってください」と言われる。

見守り方がわからない。

見守るって、何? じ~~っと見てることなの?

それとも、逐一、行動を監視していることなの?

はたまた、ほっといておくことなのだろうか?

見守るという感覚が、見守られた経験がないので分からない。


「病院へ連れていきなさい」と言われ

病院ジプシー・・・

あっちの小児精神科が良いと聞けば、下調べし

こっちがいいと聞けば、連れていく。

入院までさせてしまい、薬もどんどん増えて5種類以上。

私「いつ治るんですか?」

(子どもを治すという主観的感覚しか分からない)

先生「もう、学校へ行ける状態ですけど」

先生、子どもの方を向いて、「行けるのだから、行きなさい」

ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

私「朝、起きれないんですけど」

先生「早く寝て、早く起きるように」


そんなことは、分かってます・・・先生・・・

出来ないから困っているんです。。。


という感じで

子どもの外側や形、事象、起こる表面ばかりを修正、

治療しようとしていた時期の約1年間。

少しも、自分の内面に目を向けることが出来なくて

自分の主観的な感覚(病院で治す)が主観的であることさえ分からず、

自分の生き方を修正しようとする感覚が分からなかったのでした。




このように、「情報」というものは、

感覚が主体で、方法や理論はおまけのようなものだ感じ始めたのは

子どもが不登校になって3年目くらいからでした。


今は、親の感情が動くことで自由な感覚を取り戻すことがとても大切だと感じます。

親が自由な感覚を手に入れると同時に、偏った思考を幅広くしていく

フラットで、楽な感覚ですね。

更に、親が楽になれば、子どもも自由になり、自分の意思を取り戻していく

ごくシンプルで簡単な仕組みは、次の世代の子どもたちにも

親たちが、感覚として伝えることができると感じています。

そうすれば、今の子どもたちが、また誰かに伝えていくことができる。

そんな夢のようなことを思ったりします。


しかし、不自由な思考を当たり前のように何十年もやってきてるので

不自由な状態が普通の状態であることを疑わない。

客観的にみたら、「そりゃ、きついだろう」ということも

平気で我慢できていたりするんですね。


不自由なことが当たり前の状態で、家庭で子どもにとって理不尽な不自由さを

子どもに押しつけているのは、割に不登校家庭でよく見られる気がします。

経験上、心のフラットな感覚を、理論だけで取り戻すというのは、

至難の業だと思います。


「自分を大切にしましょう」という標語がありますが

これもまた、大切にされた経験が記憶の底に埋もれてわからない。

大切にするということと、甘えるということと、わがままということが

分別されていない状態もよくあることです。


では、何が人を変えるのか・・・

何が、親側の癒されない心の傷を回復に導いていくのだろうか?

同時に子どもたちの心を生き生きとさせるものは、何なのだろう?


次は、このことを書いてみたいと思います。


| 不登校とAC | 23:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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●ACの回復になぜ、記憶の回想が必要なのか

前回の記事で、「私」が主体の物語を語ることをお話ししました。

しかし、一般的な世間でそれなりに行きぬく自力を付けた人たちは

借り物の「私」を語り続けてきた長年の癖があります。

誰かの意見、本で読んだ意見、セミナーでかじった意見を

あたかも自分の意見のように思い込み、

それを隠れ蓑にして表面上、自分を語るように見せかけている場合もよく見られます。

隠れ蓑は、「本当の自分を隠したい」という思いから、自分自身で作ったものなので

これは、自分で脱がなければなりません。

しかし、あまりに日常化して、意識しても隠れ蓑を脱げないほど、

強固な壁が出来ている場合が多いのですね。

それは、成育歴からきている、自分が生きている世界は安全ではないという

認識が心にストッパーをかけている状態であると感じます。




しかし、自分の中の記憶は、誰の意見でもなく

自分自身の中にあります。

記憶はウソをつきません。

しかし、やはり長い年月の中で記憶を封印してきた過去。

それは、家族を守るため。

思い出すと守り続けてきた家族が崩壊してしまう事を無意識は知っているのだろうと感じます。


たとえば、私は夜更かしが好きと自分のことを思い込んでいたのですが、

実際に夜更かしが好きなのかというと、そうでもないんです。

寝静まった深夜に、じっと息を潜めて起きている状態。

悲しみに浸る時間。

そこが、私の逃げ場所でした。


昔、夜に夫婦喧嘩が発生し、夜中までもめていることも多く、

布団の中に潜って、泣きながら耐えていた時間がありました。

いつしか、布団に潜っていながら

自分が眠ったら、お母さんがいなくなってるかもしれない

お母さんが泣いているのに、私が眠るわけにはいかない

そういう恐怖と戦いながら、じっと起きて

騒動が静かになるのを待っていました。

一旦静まったかと思えば、また激しく再発する・・・

このビクビク感が結構きつかった気がします。

そして、明け方に眠りにつくのでした。

いつしか、夜は気配の監視と私の悲しみの場になっていきました。


この経験の積み重ねが、次第に「夜生活」へシフトさせていきました。

大きくなると、夜は夜で自由な時間であることも知り、

そちらの楽しみに気持ちがシフトしていき

「夜更かしが好き」というすり替えを起こしていきました。


やがて眠れない夜の記憶のルーツが分からないまま

大人になっていきました。


「夜更かしが好き」というルーツをたどっていくと

そこには、一人ぼっちで怯えている自分と対面しなければならない。

しかし、これまで強気と怒りで生きてきた私の中に

弱い自分を認めることは、どうしても出来ず

夜更かしが好きなの! で、貫き通してきました。

分かっちゃいるけど、認められない・・・


これが、私の頑固さでした。

自分への頑固さは、人に対する頑なさでもあります。

自分の弱気を拒否していれば

他者の弱気も否定したくなります。


「私は我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」

これが、私と子どもたち、あるいは、他者との人間関係の壁になっていました。

当然、子どもは、苦しくなります。


この状態は、私の「夜が好き」という記憶に歪みが起こっていますね。

歪みを修正する気もない、突っ張った状態です。


そこで、登場するのが・・・

暖かい回想。

子どものころ、嬉しかったこと、楽しかったこと

具体的に言えば、

祖母が買ってくれた渦巻き状のペロペロキャンディーを

手や顔中にべたつかせて、食べていた記憶。

風船ガムを膨らませて、割れて顔にべったり張り付いて

慌てて取るのに苦労している情景。

おじさんとお馬さんごっこをして無邪気に遊んだ情景。

友達に意地悪をして居心地の悪い情景。

近所のお姉さんたちと川を溯って、探検ごっこをした情景。


こうした記憶の中に埋もれている星の欠片を取り出し、

水道水で洗って1つ1つを、宝箱に詰めていく作業。


楽しい記憶を語ること。

心の中から取りだす作業。


宝箱に少しずつ、星の欠片が貯まってくると

心に緩和が起こってきます。

心が緩むと、長年自分の壁としていた、負のつっかえ棒も緩んでくる。


人は、自分が緩んだ分だけしか、記憶がよみがえらない。

そういうものだと思います。

しかし、抱える力のない記憶は心の深い場所に閉じ込めておくのでしょう。


心が緩むということは、今まで縮こまって萎縮していた袋が

伸びて大きくなるということだろうと思うのです。

ということは、自分の人生のエピソードを取り入れることが出来るほど

心が成長したと言い換えていいのではないかと思うのです。


心に余裕ができたら、借り物の自分である必要も感じなくなります。

少しずつ、他者と自分を受け入れる力を手に入れることができます。

劇的に変わることはありませんが・・・

確実に変化をしていきます。


「私」が「私の言葉」で「私の記憶」を語ること。

最初は、あいまいでもいいのです。

思い違いでもいいのです。

白黒写真のような情景でもいいのです。

語り続けることで、

色が付き、情景が動画になり、当時感じていた生き生きとした感情が戻ってきます。

その時、一緒に時間を過ごしてくれた人たちの存在も現れはじめます。

一緒に楽しかった、一緒に嬉しかった、

悲しかった、苦しかった、辛かった、寂しかった・・・


思い出した痛みよりも、現在の気持ちと過去が繋がる時、

自分のルーツが開かれ、感情が戻ってきたことに深く安堵するのです。

歪みのない感情が戻ってくると、

さらには自分を愛しむ視線も自分の中に形成されていきます。


記憶を取り戻しに行く事が、どれほど回復の手助けになるか、

遠回りのようで、最短の近道なのではないか思うのです。

不登校の子供たちも同じような工程をたどるのではないかと感じるのです。

| 不登校とAC | 12:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【AC・不登校】「私」の物語

心がざわついて安定していない時、

「あの人」のことが気になったり、「この人」の言葉が気になったり

そんな時、「私」という主体が消えてしまっていることが多いと感じます。


「私」という主体の中に、理不尽なものだけが

バラバラに、点在している状態ですね。

これを整理しないままに、人に伝えると

「訴え」になりやすい状態だと感じます。


「あの人が、この言葉(態度)に、むかついた!」

「理解してもらえなかった!」

と、むかついたのオンパレードになりますね。


「私」という語り手をぬかして、

「相手」を主軸に語ると、自分の中のバラバラの点は、

いつまでたっても、バラバラのまま。


自分の中に、「私」という意思を持ってはいけないという

幼い頃からの長い長い家庭環境での呪縛の歴史の中で、

「私」という意思は、いつの間にか、存在が薄くなっていったのでしょうね。


「私」を語れば、親の本当の姿が繋がってしまう。

その無意識の恐れも、自分自身のストーリーを「繋ぐ」ということを

させないのかもしれません。


恐れは、親を守り続けてきた証。

親を物語の主人公にすることで

自分自身の「私」「意思」「人生」をうやむやにしてしまう。

親が主人公の幻の配役。

無意識に、物語を「私」で語ることを避けようとします。


自分の経験を含めて、これはACの方の特徴ではないかと感じます。


「私」と言葉にする時、その呪縛から、一歩外に歩み出そうとする

「意思」が、かすかに働きます。

その連続性の積み重ねから、

「意思」を取り戻していくプロセスを経験していくのではないかと感じます。

そして、何度でも、「私」と「親」との物語を語ること。

語ることで、「私」という意思と、「親」という幻との

決別が始まるのではないかと感じます。

やがて、その物語は、語りだした最初のころのストーリーから

変わっていくことだろうと思います。


幻の「親」から、「私」という意思を取り戻す。

いつしか、「私の物語」の中の「親」は、主人公から、平民Aに、変わっていく。

「私」という座に、「親」という幻が座っていたことで

奪われたことによる悲しみが、空虚として心を占め続けた。

満たされない気持ちに感情をふさぎ、空虚を見ないようにしてきた人生・・・

奪われたことに対する、怒り・・・。

同時に、「私」を取り戻すことは、親を裏切ること。


両方の極に、いつも翻弄され続けてきたのだろうと感じます。


私の回復のプロセスには、

そんなことが、起こっていたのではないかと思うのです。


奪われた(と思いこんでいた)「私」(意思)を取り戻すこと・・・


決心して、


「私」を取り戻しにいこうと、決意をすること。


その決意が、新しい物語を作っていくのだと感じます。




| 不登校とAC | 13:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【AC・不登校】切なさと愛おしさと

クライエントさんと向かい合う時、

不謹慎ながらも、クライエントさんの歩いてきたすさまじい過去の想いが

心に流れ込んでくる瞬間、胸がギュッと締め付けられる気持ちになるのです。


それだけではなく、そこに存在する相手を

心から愛おしく大切な存在に思えます。


それが、いつしか、伝わっていくのでしょうか。。。


必死で回復されようとする姿に

また、心を打たれます。


これは、依存とは違う種類のものだと思うのです。


人は、自分を大切に思ってくれる人たちがいて

大切に思われた経験が

自分を変えようとする原動力になるのだと思うのです。


「あなたのために頑張る」


これには、二種類の受け取り方があります。


「あなたに褒められたいから頑張る」

「あなたがいてくれるから、頑張れる」


期待に応えるというのなら、同じことだと思います。

しかし、主軸が違います。

前者は、主軸が他者にあります。

後者は、主軸が自分にあります。


心が傷ついた人は、誰しも、自分を大切にしてくれる人を

心から求めているのだと思うのよ。


大切にしてもらった経験は、いつしか

誰かを愛おしいと思う力に変わるのだと

私は、そう信じたいのです。


親子もきっと、そうなのだと思います。



| 不登校とAC | 18:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【AC・不登校】ニュアンスが分からない

先日セッションの中で、画期的発見がありました。

その一部だけでも、書き記しておこうと、ちょっと体験を交えて

書いてみようかと思います。


私は、社会人になって、人とランチしたり

一緒に食べるっていうのが、すご~~~~く苦手だったのです。

出来るだけ避けたい・・・

その理由が、ちょっとだけ解き明かされたセッションでした。


その源流のプロセスの一部に

社会人になり、九州の一番の都市にド田舎から出てきた頃、

友達に連れられて、生まれて初めて「ピザ」というものを

食した時のとまどいを思い出します。


「どうやって食べるのだ??」←心の声

そうして生まれて初めて、その・・・ピザカッターを使って

慣れた手つきで切り分ける友達に

猛烈に劣等感を感じたものでした。

ここに気持ちの大半を奪われつつ

また食べた所でこれが果たして、美味しいものなのかどうかも、

味がよくわからない・・・ノ( ̄0 ̄;)\オー!!ノー

残念な状態でした。


このように全く自分の守備範囲外のことでは、AC的エスパー能力激減

味よりも苦手意識だけが残り、

これが繰り返されることで、友達と食事することに、

劣等感だけがつきまとう状態。

食事・・・まじで苦痛でした。


これは、恐らく、幼い頃の食卓に関する記憶と連動しています。

幼い頃の食卓は、修羅場であるか、いつ修羅場になるかどうか

そこに100%の感を研ぎ澄ませていなければならなくて

「味わう」という人として当然の事が欠損していったのだろうと感じます。


皆さんも経験あると思いますが、

テストの点数を怒られると、今まで美味しいと口に運んでいたものが

急に、ざらざらしたまずい感覚になるってことないでしょうか。

ただでさえ人は、悩み事があると食欲が落ちたりもしますね。

それが、幼少時代、24時間幼い頃続いていた状態であったと考えて下されば

いいかと思います。


人の顔色や、物事の予想、修羅場の感は、良くも悪くも

すごく肥大してしまったのですが
(AC的な察する力技)

食事に関しては、とんと欠損・・・。

感を働かせようとしても、人の顔色を見てても、

食べ物の味は、自分で感じなければ、わかるはずもありません。


「これ、おいしいね」と友達に言われても・・・すごく、困惑する。

「うん」ととりあえず同調しながらも

自分の分からなさに劣等感~~~。(T_T)ううっ

AC的感が通用しない場所は、できるだけ避けたい。

今更「おいしいって、どんなところがどういう風に美味しいの?」

なんて恥ずかしくて聞けない。

それに対して

「甘みが、ほんのりあってね、1%苦味を感じて、触感が5割くらいとろとろして

噛めば、~~~~」と延々と説明をしてくれる人は一般的には、おりません。


んでまた、「とろとろってどれくらいなんですか?」

となると・・・

それは、1人1人、違う感覚ですので、説明しても意味がない。

「自分で感じなさ~い」と言わざるおえなくなります。

大人だと非常にめんどうくさいことになっちゃいます。


たぶん、小さな子であれば3~4歳のころ

「それって美味しいの?」と一生懸命、説明を求めてくる時期がありますね。

本当なら、ニュアンスを感じる力は、その時期から急激に発達して

自然に得られる感覚なのではないかと感じます。



私の場合は、そういう段階もなく、

大人になって分からないのに、美味しいふりをするのが、非常に辛くてですね。

場を壊してる気がして、苦手だったのではないかと

先日のセッションの中で、気づかされたことでした。



幼い頃から、人の気持ちは、裏の裏まで読みつくす、微妙なニュアンスも

取り込むくらいに敏感だったのですが、

こと食事になると「鈍感力」が働いて、味のニュアンスがさっぱり分からず。

くそ親父のアル中と母の「強烈な私は可哀想」攻撃で

家庭内が日々戦場であったため、すっかり欠損してしまったのでしょうね。


私自身のことを例にとって書いてみましたが、

この、「ニュアンス」を捉える力は、「察する力」とも言えます。

食事の時に、ホウレンソウのビタミン成分から説明しなければ

ならないくらいに、「美味しい」が分からない味音痴な私が、

他者の「おいしい」という感覚を察することは、かなり無理なことでした。
(ホウレンソウの成分でも、思い当たることがあります。
味や美味しさ、まずさが分からないから、成分や無農薬という
付加価値のついたものに飛びつくという状態もあった気がします)

食べなければならない=残さない=お腹を満たす=おいしい という構図がありました。

これでは、そもそも食べる事は、胃が満たればいいってことになります。


「美味しいってなに?」から考え直す必要がありました。

なんてこったい(;´-`).。oO(ぇ・・・・)

次第に人と食事をすると「美味しい」を知らない、

一緒に楽しめないということが

あからさまになるのではないか、バレてしまうのではないかという恐怖から

苦行、難行になっていったのではないかと感じるのです。

これが、人とのズレを生み、

人を遠ざける一因になりやすいのではないかと感じます。



こうして書いてみると、ニュアンスを捉える力の欠損は

多くの子どもたちにも見られますし

大人にも、みられるのではないかと感じます。

私は、食べ物に顕著に表れましたが、

コミュニケーションに現れる人もいますし

ファッションに現れる人もいるでしょう。

自分の欠損箇所に気づくと、面白いものが見えてくるかもしれませんよ。

ちなみに、不登校家庭に、有機野菜、無農薬、栄養にこだわる家庭が多いのにも、

なんらかの関連性があるのかもしれないと感じます。


| 不登校とAC | 16:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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墓守娘

久しぶりに本を読んでみました。

信田さよ子さんがツイッタ―で、宣伝しておられたので

「母が重くてたまらない」~墓守娘の嘆き~の続編

「さよなら、お母さん」~墓守娘が決断する時~

読んでみました。


読んでいて、救いはあるのか・・・と思うくらいに

愛情という暴力、普通という見えない圧力が、

身体全体に重くのしかかってくるようで

眠れなくなってしまいました。

親子のズレ様は、ここまで救いようがないのだろうかと遠い世界のように感じながら

同時に私と母の間に起こったことが、

ねっとりとへばりついてくる感覚がフラッシュバックして

ホラー映画よりも怖いものを感じてしまいました。



セッションで常日頃感じることの1つに

語られる内容に「私という主語がない」ということが多くあります。

本の中でも同じように、このことが言及されていました。

また、無意識に「私」という主語の代わりに

「世間は」「普通は」と代弁する時

母親が無意識に何を基点に思考をしているのかが明確になります。


本の中でも同じようなことが語られていて

「普通」という見えない抑圧が存在することが絶望的に語られていました。


母親が子どもの為と思い、「良い母」であったことは、正しい。

しかし、真実、誰にとって、良い母であったのか、あろうとしたのか

考えさせられる本ではないかと思うのです。


信田さん自身も、間違いなくAC基盤の感覚の持ち主だと感じます。

「そのままでいいのよ」という救いようのないスピ的な言葉や

幸せを引き寄せる「ありがとう」運動に

どれだけ私たちが迷わされ、誤魔化されてきたのかという内容にも

常日頃からセッションでお伝えしていることと重なり、

激しく頷いて読んだ私でした。

子どもの気持ちが分からない・・・そう思われる方には

お薦めの一冊ですよ。




「私の育て方が悪かった」というセリフを連発して反省したかのような
身振りをするが、内心の根源的自信は少しも崩壊していない。
外向きに「私なんて母親失格で」などと語るのを聞いてそれを信じてはいけない。
自信に満ちているくせに 人の評価が気になるというのが多くのパターンである。


(さよなら、お母さんより)

| 不登校とAC | 09:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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普通ってなんだろうね

普通ってなんだろう。

そんな事考えたことありませんか?


私ごとですが、娘が学校のゼミで一年くらいかけて研究(?)している内容が

「普通ってなんだろう」って題材でした。

今も、現在進行形で論文を書いているのですが、

途中、ゼミの仲間に「あなたの普通と思う事を教えてください」という

アンケートを行ないました。


結果・・・私もそのアンケートをチラッと見せてもらったのですが

普通って、人によって大きく違うんだという事に

娘、かなり混乱していたように思います。

「普通」という言葉を娘がゼミの研究の題材にした理由は

恐らく「普通という言葉の暴力を私に押しつけないで」

という、内的反骨心からだったように感じます。


特に「お姉ちゃんだから我慢するのが当たり前だろう」

「女だから、料理に興味がないとおかしいだろ」

「部屋をかたずけていないと女としてどうよ」

という周りからの訴えに過剰反応しているように見えました。


私自身、長女なので「お姉ちゃんだから~」という押しつけで

無駄に我慢強~~~い癖を形成してきたので、

娘には「絶対」そういうプレッシャーはかけまいと

子育て中は、気をつけてきたのですが、

(違う、気を使ってきたが正解だね)


蓋をあけてみたら

私が「絶対やるまい」と思って、気を使ってきたことは

娘に確実に伝わっていて、

反対に、家族を窮屈にさせた上に(特に弟・となりん)

まずい事に、娘を過敏にさせてしまっただけのような気がしてます。

               ↑

気を使う→余計繊細になる

大らかな感覚で接する→図太くなる

このような構図があるのではないかと思うんです。

 

弟から言わせらば、反対に「お姉ちゃんであることの特権」だってあったはずなのです。

母の私が、気を使う事で、娘の中には、それがさっぱりと打ち消され

自分がいかにも悲劇の主人公であるかのようになる。

となりんに言わせたら(-。-;)それこそ、絶対「長女の特権」はあるはず(笑)


自分が「普通」とこだわってきたものが

意外に、まわりの人たちを苦しめているものだったら

どうしましょ( ̄_ ̄ i)タラー


娘の「普通ってなんだろう」探索は、ゼミの終了と共に終わったようですが、

ゼミの中で発表したり、先生から深く掘り下げて聞かれたり

自分が感じている「普通」というもののあいまいさに、

なんだか、自分が悲劇の状態ではいられない状態があったのでしょうね。

昨年一年、論文を推敲する時は、どよよ~~んとして、

とても苦しかった様子でした。

親として、子どもが どよよ~~んとすると、

今までは、こちらが不安になって、どうにかしなくちゃ!と

張り切るところですが、それは、娘が自分の感覚を

自分でこらえて解消していこうとする力を奪うことになると

となりんの不登校で思い知らされた経験により

そんな事はしません(笑)


娘のどよ~~んを感じつつ、

全然別のところで、いろんな話を 

栞として、それとな~~く無意識に浸透させ

時には、「あ、やりすぎた^^;」と思いながら

細々と伝えていきました。

(最近、間口が以前よりかなり広がった感はしてます。
 むかっとした瞬間から、自分で気持ちを立て直そうと
 努力している気配を感じます)

自分なりの緩和方法を持ちつつあるように見えます。


話はそれましたが、

普通って感じていることに、こだわればこだわるほど

人を苦しめることがあるのかもしれない・・・

娘や息子を苦しめてきた私が持ち続けた「普通」は

普通じゃなかったなと苦笑。


自分の中の「普通信仰」というものを

意識をしてみるのもいいんじゃないかと思うのです。


(あとがき)

無印良品ってあるんですが

あれっていかにも、「普通」「標準」を売りにしてるネーミング。

しかし、「普通さ」を打ち出した、こだわりをめちゃ感じるんですね。

この不一致感に、絶妙のアンバランスさを感じてしょうがない。

そこが、ネーミングのツボだったりしてね。

| 不登校とAC | 17:53 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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【AC・不登校】安全な場所 ~母親の聖域を壊すことが回復につながる~

安全な場所・・・セッションを受けたことのある方には

なじみの言葉だと思います。

が、何度聞いてもピンとこない、自分と重ねられないというのも

正直なところなのかもしれません。


おさらいとして、記事をアップしておこうと思います。


人は、それぞれに自分の心を守るために「安全な場所」を持っています。

たとえば、子どもであれば、数人の仲良しグループであったり

気の合う友人と共に過ごす時間だったり、家庭であったりします。

時にはケンカをしたり、言い争ったりもしますが、

本来は、そのような場所は、安心して自分をさらけ出しても受け入れてもらえる場所、

そのままの自分でいることを許可される場所です。

そこを1つ目の安全な場所と表現します。


しかし、心に重荷を抱える子どもであるならば、

1つ目の安全な場所が安全ではないように感じるということが多く見られます。


このように、大多数の子たちが安全な場所だと思える場所を安全ではないと感じる仕組みは

もっと幼い頃の家庭をベースとする心の仕組みから波及している場合が多いのではないかと感じます。


もし、親が過干渉すぎるとしたら・・・

過干渉の状態で幼少期を過ごし、自分の心を小さく制限されていき

自分の意思を自分で決められない子どもにとって

制限されることが少なく自由な意思を持つ子どもの集団は、とても脅威になります。


反対に、もし親が無関心ならば

親の関心を得ようとすることで、必死になりますが、それでも関心を得られないことで

自分独特の納得しかたを作らねばならなくなります。


過干渉でも、無関心でも子どもにとっては、親を責めることも出来ず

親を憎むことも出来ず、それでも親を守るために、

「自分が悪かったから」

「自分がダメな子だから」

と自分を傷つけることで、納得できない環境を乗り切ろうとします。

きっと、生まれてから何万回も、自分を傷つけて

親を守ってきたことだろうと思います。

子どもは、「あんな親、いない方がいい」と口にしながらも

親に愛する力がないという究極の悲劇を避け続けてきたと言ってもいいかと思います。

無力な子どもにとって、親という存在は自分に愛情を向けてくれるに違いない

唯一信じていたい人なのです。

そして、どんなにがっかりしてもその愛情を信じ続けようとするのです。


愛する人を守るために、
自分の持つ愛情のともし火を消さない為に。。。。

自分を傷つける事で心を逃して来た場所が
不遇の環境の連続で出来上がってしまっていたのです。

この小さな小さな場所は、不遇の連続により
沢山の手法を使わなければ、その場所に逃げ込む事ができなくなったのだろうと思います。


≪壊れた心を取り戻す≫より参照(byきんたろうさん)


上の文章の意味を、私の文章と照らし合わせて、よくよく感じて欲しいと思います。

さらに続きます。

その為に、言い訳や違和感を誤魔化し、その場所に無理やり逃げ込もうとする行為が
心の法律や、記憶の操作、納得と相殺などより複雑な手法を作り出す事に
なったのだろうと推測しています



こうして大人になった私たちは、

この複雑な仕組みをさらに複雑に使いながら、成長させながら

自分を守る手段として心の癖を生みだしていきます。


この思考の回路を広げていきますと

たとえば「他虐的怒り」で説明していくとすれば

誰かと話していて、何気ない言葉や行動を怒るために記憶にインプットし

そこに怒りを感じるシステムを作るのではないかと感じます。

ターゲットになった相手は、かつて自分を威圧的に抑え込んだ母親の記憶の投影だとすれば

母親を守るために、代償行為で他者に怒りをぶつけるという行為なのかもしれません。

しかし本人にはこの自覚がありません。

なぜなら母親を守るために 記憶の操作、消去が生じているために

怒りの爆発は母親に直接は向かず、無意識の状態でなされます。


他虐的があれば、反対に自虐的な場合もあります。


「私はどうせ、ダメな人だから」と

寂しく孤独なかわいそうな自分をせっせと作るということもあります。

泣くことで、相手から責められない防御壁を作るということもあります。

嘆いているから泣くのではないのですね。

本当は「かわいそうな私」を一番見せたいのは、お母さんなのです。

しかし前述したように母親を守るための心の仕組みを作っているので

「かわいそうな私」が、母親に向けられることはありません。

そして、「かわいそうな私」は、誰も踏み込めない特殊な 聖域と化します。

よく言われる虚無的な空虚な感覚も、ある特別な人だけが

強く感じる感覚であるかのように感じがちですが、

そこにあるのは「どうせあなたには私の気持ちは分からない」という

拒絶感が占められている気がします。

絶望的な思考回路でありながら、同時に自分を特別化する万能感を与え

生きる意味を与えるという奇妙なねじれ現象を起こさせます。

(人間にそれほどの違いはないと思うのですよ)

愛情を諦めきれない気持ちの残骸なのかもしれません。

このように、「2つ目の安全な場所」は、色々なパターンで

本人の実像を見せることを拒む手法として使われていきます。


入りきれない大きな出来事(虐待・過干渉)を変換し圧縮する事によって詰め込んでゆく・・・
やがて、入りきらなくなった時、心に障害が現れ・・・・・
心を吐き出す場所を探す事になったのです。



自虐的であろうと、他虐的であろうと、

自分が逃げ込む安全な場所であることには変わりがないのです。

それは、恐ろしい事に、違う感覚を持った他者への拒絶を意味しています。

隔離された安全な場所。特殊な世界です。

しかし安全な場所は個々の心の中にとても巧妙に作られているので

一般的にはとても分かりづらいものだろうと思います。

一見、正当性をもっているように見えるので、普通の人たちは戸惑ってしまいます。



子どもたちは、このような家庭環境において次第に他者とのズレを感じていきます。

そして、無意識のまま世代間の連鎖がくりかえされることになります。

子育てをするうえで、親が思うのは

「どこにいても自分の意思を出せて、のびのびと自由であって欲しい」

ということではないでしょうか。

そう願いながらも、知らず知らずのうちに自由を奪い取り、意思を奪う家庭であるならば

家族の誰もが苦しいのではないかと感じます。



手を変え。品を変え。場所を変え。人を変え。
どこまで行っても、同じ事を繰り返している事にさえ気づかない。。
これが自ら作り出した安全な場所の最も恐ろしいところだと考えています。

どんなに心の勉強をして、知識を高め、認識を変えても
自らが作った、安全な場所に逃げ込む瞬間を捉える事が出来なければ・・
他者が提供する安全な場所を、どこがで拒否し認める事が出来ず。。
自分と本当に向き合う事が出来ないのではないでしょうか?



自分が作り、自分の愛情を守り続けた「2つ目の安全な場所」に気づくことは、

ある意味、非常に残酷なことで悲しいことでもあります。

しかし、この2つ目の安全な場所が自覚されない限り、

1つ目の安全な場所を拒絶し続けなければならないという現実もあります。


子どもたちに自由な人生を歩んで欲しいと願うならば、

2つ目に逃げ込むことを伝えるのではなく

1つ目の安全な場所を伝えていきたいものだと思うのです。


            【まとめ】
●1つ目の安全な場所・・・他者と気楽に交流できる場所
            
      家庭、近所、学校、地域、社会などが含まれます。

      人間関係の中で生まれる自然なコミュニティ

      制限が少ない場所

●2つ目の安全な場所・・・自分の心を守るために作りだした自分独自の安全な場所

      制限が多く、その場所でしか通用しない心の法律のシェアが大きい場所
      制限が多いということは、他者もその制限の中で生きなければ許されない世界

自分が作った安全な場所を壊せるのは、自分だけです。


*青文字・・・壊れた心を取り戻すより参照

| 不登校とAC | 16:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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