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アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

・°☆”Core Rebirth あなここ”オフィシャルブログ☆.。アダルトチルドレン(毒親・機能不全家庭・コミュニケーション不全・喪失感・依存症)から失った自分を取り戻すブログ

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その時から私はテロリストの道を歩み始めた…に違いない【アダルトチルドレンな私】

面白い記憶を思い出したので長~いけど書いてみます。

小学校2年生・・・

まだ、私が、何もしらない、井の中のかわずッ子だった頃。



普段は、まわりの会話にもついていけず、
ぼーっとして、本を読むのが好きな子供でした。

まわりの親戚が「この子、笑いかた、知ってるのかいな?」と危ぶむほど
大人しい子だったはずでした。

それほど、まわりに興味もなく・・・田舎の学校で同学年が20人もいないような
変わり映えのしない学校生活を毎日を送っていました。

そのころから、本ばかり読んでいたので、テストだけは無駄に良く

こんな私が学級委員という、はっきり言って

人選間違えだと思っていた。

まあ、好きな男の子とペアだったので、ちょっと密かに嬉しかったのは秘密。
そこでは何も間違えは無かったです。

いい子の私は「いい子」を装っていたので、期待に応えねばと頑張っていた節もあります。
いえ、頑張ってました。ばれないように。密かに。
密かに私の居場所だった。

どんだけ、密かにが好きなんだ・・・

ところが、ある日、そこに、その「いい子」を越えるような東京から華やかな転校生がやってきた。

キターーーー

なんとなく、その都会臭い異物が私の世界にやってきた。

むむっ、私の世界が壊される。

やめとけば、いいのに、私は秘密裏に戦いを挑んだ。


ある日、学級会で何かの催しもの決めごとがあった。
季節は覚えていない。

次々と意見が出る。
先生はサクサクと黒板にふむふむと書いていく。

私も、すかさず、手をあげた(・o・)ノ ハーイ!!

まだ、謎の転校生は何も言ってない。

よし、ここは、先手必勝

先に言ったもの勝ちだ

私は堂々と自分の意見を述べた

そして、完璧だと思った


言い終わって、世界を征服したような気分になって安堵したことを
いまだに覚えている。。。笑

しかし、安心したのもつかの間、追っ手がやってきた。

例の転校生が、真っ向から私の意見は、違うと思いますと言ってきた。

しかも、すごく理論的

筋が通ってる

(ま、負けた・・・)

私は反対意見を一回だけ言った記憶があるが、
その意見を言ってる途中で、すでに、転校生の方が正しいと直感していた。

たぶん、私は夢の世界の人情的な意見を述べたような気がする。

私の意見は、あっと言う間に理論派の謎の転校生のバズーカ砲で
あっというまに木っ端みじんにされたのでした

数分の栄光だった・・・笑


惨敗だった

認める・・・悔しいが認める

悔しい・・・

しかし、そんな気持ちをみじんも出さず、

涼しい顔をして、さわやかに「そちらが正しいと思います」と同意した。

そう言わなければ、どんくさい私でもこれは完全に分が悪いと感じた。

内心、屈辱感いっぱいで、イスに座ったことを覚えている。

こんなことは、家庭では、日常茶飯事だったけど、

初めて学校での敗北だった。。。


そして、その謎の転校生とは仲良くなることもなく、

彼女は次の年にまたどこかへ転校していった。


私のリベンジは果たされないまま・・・笑


強烈に残ったのは、彼女の存在より、その理論だった。

私は彼女に負けたのではない、理論に負けたのだ

きっと・・・

そうに違いない・・・

記憶の操作発動。

隙がなく美しく、誰もが納得する、そして、矛盾がない・・・理論

今も思いだしても、砕け散った敗北感の欠片が、心を泳いでいる感じがする。

そして、私は理論は人に勝つ方法だと、始めて知った。

こんなにも、屈辱を人に与えるのだと知った。

(いや、当時の私はすでにもう、ひねていたので・・・)

復讐をするなら、この手しかない←誰にかは、不明だが、当時は父だったはず

小学二年生で、この思考・・・おそろしや

どんだけ、心が荒れていたんだろうと、当時の自分を思い測る。

その後、理論武装で、父に論戦を申し込んだのが

中学1年の夕飯時・・・

はかなくも、テロリストは、木っ端みじんにされました。

あのときは、味噌汁がお椀とともに、顔の横を飛んでいきました。

きっと、力が足りないんだ、私

まだまだ、ずっと足りないんだ・・・

自分の非力を嘆きました


その時から、私の目標は、いつの間にか、自分を守るための理論

あなたは間違ってる、私は間違ってないと

秘密裏に(ここでも・・・かい(^^;))

さらなる理論武装する、テロリスト脂肪・・・ちがう、志望となることになった


絶対負けない、正義

ジャスティス

あこがれの、勝利のパラダイスへの道をまっしぐら

勝たなければならない、

狭苦しい人生を意識的にやりはじめた。

誰にも分からないように・・・

だって、わかっちゃったら、

負けちゃうんだよね(-_-;)

(なんとなく、変なことをしているという意識はあったんだよ)

ん、でも、あの時、言わなかったら、負けることも無かったんだよと

あれこれくねくねと、自分に言い訳しながら


自分を強くしなくちゃ

強くする場所を間違えすぎた痛い私は、その後40年の間

テロリストとして技を日々磨いた・・・

(いや、秘密裏にだよ)


んで、子どもがおかしくなっちゃった・・・というわけです。





あの子、どうしてるかなあ・・・
友達になればよかった・・・・と今は思う。

かすかに、覚えてるハスキーなあの子の声。


勝ち続けるなんて、出来ないことなのに 

勝つことにこだわった日々

勝つことと、心が熱いことは違うんだよ、と誰も教えてくれなかった。。。あの頃

負けても勝っても、あの子と仲良く笑いあえたら良かったなあ・・・

ほんと・・・

勝つ事が人を幸せにするのかと言えば、それはしないことの方が多い

かえって、誰も幸せになんてならない・・・


おつかれさま、私

こうして、数十年の時を経て、私のテロ工作は、全く違う結末を迎えたのでした

父への憎しみを心に持ち続けた子供時代

誰が引き裂いたのか・・・

愛情が欲しかったはずなのに、憎むことで母からの愛情をもらおうとした過去

それを思うと失ったものの大きさに悔しさを感じる

もう、私は勝たなくていいという安堵を抱く



人生は、全てが繋がっている・・・

tero
ずずずぎゃ~~~~~ん
リスの逆襲でかんべんしてやるZE

| AC | 20:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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記憶が反転するとき【AC】

セッションが進むと

今まで当たり前として

見えていた世界が

全く反転して見え始める瞬間がある

この反転の瞬間の積み重ねが

思考のねじれを

フラットにしていくんだよね

反転する前は

出口がないように見える

孤立した閉ざされた世界に

扉があるんだよと気づいたとき

光が差し込んだような気持ちになる

しかし、同時に

元に戻りたいという

引き戻しの力も強くなる

それらは、

疑心、正当化、不安、恐怖、おびえ

となって、元いた世界に

強力に引き戻そうとする


ACの回復は

反転と引き戻しとのせめぎあい


あー、そうですかと

数時間でわかる世界ではない

反転に行き着くまで、

地道な行動、

自力をつけていく作業

回復する方向性

そして、エネルギーとなる
見守り続ける愛情が必要なんだ

| AC | 17:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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癒やしって何だろう~スピリチュアルの功罪

毎日暑いですね(^。^;)

今日は大層な題名に挑戦してみました

たぶん、私が今よりずっと若かった頃に流行した
癒やしっていうのは、
ぱっ と気分が明るくなって人生バラ色に即なれる

まるで、即身成仏みたいな(使い方間違ってるかも?)ものが、癒やしだと思われていました。

それで、癒されなかった人たちは、また苦しむことになり、
また新たな癒やしを求め続けるという、無限ループにはまっていったものでした。

癒やし、というものは
ほんとの感情を感じることを恐れない状態で
自然に生じてくるものだと
私は思います。

苦しいね、悲しいね、辛いね、さびしいね
うれしいね、やったね、やっほー、
ムカつくね~、腹がたつね~

などの多種多様の感情たちを封じ込め、置き去りにしたままで
癒やしは起こらない

気のせいなら起こるかもしれません

一時期、この癒やしという言葉が、大好きで、癒やしを求めてさ迷ってきた時期がありましたが
ある時から大嫌いになるほど
「ふざけんな~なんも良いことない~」と、嫌悪していた時期もありました

極端から極端へ向かうのが
ACのサガというものなので

言葉には罪はありません

使い方が間違ってたと、今は思います

癒やしをくれくれって、そういう幻みたいなものを誰よりも装備装着してみたかったんですが(^_^;)

癒やしとは、誰かから貰うものてはなくて

感情を感じて(結構苦しい)
もだえながら、感じ尽くした後に
ふっと、感じるものが見つかる時

そうか、
私は苦しかったんだ
怒ってたんだ
悲しかったんだ
泣きたくてしょうがなかったんだ

そんな本当の感情が、湧き出て
当時の感情を感じ尽くした時

そのときの自分がとても愛おしくなる瞬間があります。

産みの苦しみみたいなものです。

もしかしたらそれが癒やしなのではないかなと思ったりします

自分で一度体験したことは、
自分の中で、回路ができてきます

現在、自分がうまくいってないと感じる事柄は、案外と
昔、置き去りにして抑圧された気持ちが、ひとつのきっかけとなり、相手のことば、たいど、顔色で
ぶわっと、湧き出てきてしまうのかもしれないと感じます

その時が、感情解放及び癒やしの回路を作るチャンスかもしれません

一回やれたから、次もうまくいくとは限りません

何度も試行錯誤して最良の回路を見つけ出す

そんなお手伝いを、私たちはやっていますが

でも、誰がやってくれるってものではありません

本人がやらなければならない
本人の問題です

癒やしって、一般的に考えられている、ただ優しくて
包み込む
そういうときもまた必要でしょう
骨休みも必要だね(*^_^*)

だけど、骨休みし過ぎたら
体が忘れてしまうっていうのもあったり(^_^;)
加減が難しいところです

どちらにしても
自分で痛みを引き受ける自力なしには、癒やしには行き着かないのではないかと思うのです。

それを手助けしてくれたのが
私の場合は「書く」という作業でした。

書くことは、吐き出すこと

おしゃべり好きには、
レコーダーもいいかと思います

そして、読み返す、聞いてみる

それもまた、ひとつの自力になると思います。

癒やしは、突然に偶然に降ってきたり湧いてきたり、やってこないのです

それだけは、真実です

| AC | 16:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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理不尽センサー(アダルトチルドレン)

最近、車に取締り警報器をつけてみました←ことの詳細は、省略(^^;;

警察関係の取り締まりを
事前にレーダーでキャッチする、あれですね
センサーの警報音は道路を走っていると、あちこちから取り締まりの情報を拾ってきます。

運転するようになって、
心の警報器と似てるなあとか
思っています(^_^;


幼い頃、機能不全の家庭で
身体的虐待、精神的虐待、放置、言葉の暴力を受けた経験者が

大人になった時に

大まかに二つの反応に別れる可能性を見る。

人が物事を理不尽だと感じるセンサーの敏感さと関係してくるのかもしれない。


昔、「鈍感力」という本が流行りましたが

私は、この著者変でないの??と思ったことを思い出します(´・-・`)

スルーする力が、生きやすくなるという内容だったと思うのですが、

それが出来ないから困っている・・・と思ったものでした。
それは、親から自分の気持ちを放置されてきたという
私の中の幼い子供の頃の気持ちが、
スルーするなんて、
ズルイじゃないかと
子供側の目線でプンプン怒っていたという、私にとっては曰く付きの本でした。

同時に、大人の私は、
普通の人は、それが出来るんだろうなあーという自由さに
羨ましさもありました。

人の敏感さというのは、生育歴により千差万別ということを
前提に今日の記事です。

では、本題٩(。•ω•。)و

他者からされた、理不尽なことを、それは理不尽だ~と
なかなか、思えないというのが

1つ目の反応です。

この場合、元家族からの抑圧が
負荷となって、

感じるな

意志を出すな

感じると危険

という、危機的状況の連続により
感情を閉じ込めた場合、
感情を感じることを拒否しますので、
一般社会で起こりうる
他者からの理不尽に対して

「私が悪いんだ」

「私にはそのような資格がない」

という、長年自分を守ってきた元々のベースと

あまりに悲惨な生育歴である故に(これはどれだけ不幸かということと、イコールではありません。あくまで、子供時代に子供としての自分が感じていたことが、ベースです)

悲惨な生育歴が普通の理不尽のベースとなり
「一般社会での理不尽は、
あの時ほど、ひどくない」

という無意識の感覚がベースにある状態で、人間関係を築こうとします。

人から
「よく、怒らないね」とか
「よく、我慢できるね」とか

言われたりしますが、
褒め言葉じゃないんです(´・-・`)
でも、当人には、まるで宇宙語のようにしか聞こえません。

しかし、だからと言って、
怒りが全く蓄積されて無いのかというと、
そのようなことはないわけで(^_^;)

レーダーの感度を鈍らせて
身を守ってる状態なのかなと思います。

私の場合は、小さい頃から
ぼんやりしてるように見せかけて、
内心、社会や家族に
反骨精神でいっぱいでした。

あまり我慢できるタイプではなかったと認識してます。はい( ̄∀ ̄)
無駄に高機能レーダー搭載しておりました。

アハアハ(((^_^;)

強いていえば、良くも悪くも、
時代的、地域的な背景が、
かなりな抑止力になっていたという感じもしています。

我慢は、美徳みたいな(´・-・`)
欲しがりません、勝つまでは!

いや、戦前生まれではありませんよ(´-ω-`)念のため・・・

さて、ここから、センサーが過敏に反応するタイプです。


近しい関係になると、(特に結婚したり子供が出来たときなど)
無意識に溜まった怒りが
もう、がまんならんと、出やすい所にでてしまう。

「しつけ」「常識」という名のあやしーい正当性と密着関係をもって
怒りとともに、蓄積されたエネルギーが放出されやすいと感じます。

一般社会で、このようなことをやれば、友人を失ったりする体験を学んでいるので、
怒りの放出は、密室で行われやすいと感じます。

しかし、本人は我慢してるけれど、ある日突然(周りにはそう見える)我慢に我慢を重ねて
大爆発となりやすい(^_^;)

理不尽のセンサーは、人それぞれ違うことを前提に

同じ人間の心に、
センサーの過敏さが、
低いところと
異様に高いところが同時に
極端に存在するのでは?
と考えてもいいかと思います。

理不尽センサーが低すぎても
他者から良いように使われる感覚が発生し苦しいです。
言いたいことも言えず
グルグル(◎-◎;)もやもや。
これもまた、苦しいですね(^_^;


高すぎても、一般社会において
100%理不尽だらけ、
嫌いな人だらけ(^_^;)

もいちど、生まれ直して
最初からやり直したい衝動に襲われたものです。

どちらにしても、苦しいものです。
二つの区分けをしてみましたが、mix型というのもあると思います。

自分のタイプを細かく区分けして、書き出してみるというのも
いいかと思います。

それで、どうなるの?


回復は地道な長い長い作業ですので、
タイプ分けをして整理していく、
そのほんの一環として書いてみました。


んで、お願いがあります。

記事を読んで、
私のこと名指しで書いたわね~と
思わないで欲しいのです。
高機能センサーを働かせないでフラットに読んで頂きたいと思います(^_^;)

誰かを傷つけようとする意図はありません。

自分を知る

他者を知る

それだけです。


人を見る力があれば、
このようなセンサーは、
誰にでも、形を変えて存在するとわかると思います。

コミュニケーションの、
少しの助けになればと書いてみました。

| AC | 14:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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踊る大環状線 アダルトチルドレンのややこしい思考

もし、あなたが電車に乗っていたとします。


そして、長い時間たっていて、タイミングよく目の前の席が空きました。

はあ~、やっと座れたよ、やれやれ・・・

ん?・・・



お年寄りと見られる人が、よろよろと乗ってくるのが見えました。



うお~、すでにお尻がもぞもぞし始め


どうする?


どうするよ、私?  と自問自答


このまま、寝たふりするか


いやいや、そりゃいかんな



お年寄りが、目のまえに・・・

やばい...


やさしいあなたは、声をかけます。


「どうぞ~」にっこりと


お年よりは感謝の言葉を述べて、座ってくれます。


そして、その後に

くるくると、思考はダンスする



私、いい人

私、とってもいい人

でも、そんなこと思っちゃだめ

いい人だなんて、自分のこと思っちゃだめだめ

私は、そんないい人じゃない

周りの人に、そんな得意げな雰囲気出しちゃだめ

自然にしなくちゃ

そうそう、自然によ

当たり前のことしたんだから


あ~、でも、他の人も譲ろうとしてたのに

他の人のお株をとっちゃった?


ほんとは、あのお年より、

別の席に座りたかったのかもしれない


私が、譲ったばっかりに、

不便な思いをさせてしまったかも・・・



あ~、もう

世の中めんどくさいことだらけだわ

こんなに、あれこれ我慢するくらいなら

さっき、座らなきゃ良かった・・・



私のばか・・・



それから、電車に乗るときは、

よっぽど空いているときしか座らなくなった


めんどくさい思考・・・


はたから見たら、



席譲りました、ありがとう

ちょっぴり、「あ~座っときたかったなあ」

まあ、いっか~



の3行で終わるところを、

ACさん思考でいくと、

上のなが~いプロセスを経て

思考がダンスしていくんですね。



思考が踊る

これを無意識にやり続けていると

ずっと、踊り続けていることになります。

次に電車に乗ったとしても

終わらない脳内ダンスが続いているんです。



これは、幼いころのからの思考。

自分を守るために、終わらせない、常に言い訳を用意しときたい

その名残だと思っていいと思います。

自由のない家庭には、自分を守るために必須の技ですが

大人になっても決着をつけない癖が

自然と身についてる・・・



意識して 終着駅、みつけましょ^^


| AC | 16:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アダルトチルドレン、その段階

あなここ(あなたの心を守りたい)に来られる方の特徴として

私が何十年も苦しんできた
旧ブログ
「歩いていこう」につづってきた経験に共感され

自分を重ねて来られる方が6割くらい。

いまや、飛ぶ鳥を落とす勢いのアメブロのブログ記事から
アダルトチルドレン関係の
ブログをあちこちたどって
来られる方が4割くらい

そんな感じがしています。

そして、旧歩いていこうブログから来られた方は

けっこう数ヶ月単位で
じっと、ブログを読まれている方が多いような気がします。

それは、恐らく

自分の生きづらさに気づき

親との関係のいびつさに気づいたのはいいけど、

過去だけに原因を求めても、
今は、どうにもならない

自分が、変だと
わかっちゃいるけど
この自分の思考の癖は
どうにもならない

散々セミナー、カウンセリング
受けて

散々お金を大量に使った後に

この人←私のこと、回復して
なんだか楽になってるみたい

どうやって?知りたい~
と、希望をもって

再度、読んで下さるというパターンが
多い気がします。

私も、本やセミナー、宗教など
時間とお金を散々使いまくって(^_^;)きたタイプです。
無駄ではなかったのですが
当時、結局、
私のこの難解なややこしい思考の癖は、最後まで
どうにもならなかったんです( ̄∀ ̄)
おそるべし


また、アメブロからのアクセスからは、
AC問題は親との関係の問題と

わかっちゃいるけど、
それ考えるの嫌だ

私は変じゃないもん
でも、なんだか分からないけど生きづらいの

どうにかした~~いヽ(´Д`;)ノ


そんな段階が、多いような気がします。



ちなみに、あなここは、

約1時間3500円(今年4月からのお値段です)
としているので、
これは、破格の値段

この値段に飛びついてこられる方も(^_^;)

なぜ、普通のカウンセリングでは、1時間8,000円~1万のところを
3,500円にしているのか。

実は月に1時間、2時間
カウンセリングしていても
回復しないのを
私の回復の経験上、
痛感しているからです。

一時的には、楽になったような

気がする

気は、気のせいでしかありません。

次の日には、元の思考に戻ってしまっている(^_^;)←引き戻しという言葉をあなここでは使っています。

これでは、意味がありません

私はこの、無駄なことを
散々やってきたので(^^;;
えらそーには、言えないのですが(T^T)
たぶん、本やセミナーで200万くらい、行くんでは・・・(^_^;)
アハアハ

もっと、いくかも(-.-;)ボソッ


話し、戻します(^^ゞ

あなここの4年間の試行錯誤で

個別セッション(3時間以上)

トリプルセッション(4時間以上)

グループセッション(4時間以上)

ピグでの自助グループ交流(無料)

メールでの、やりとり遊び(無料)

インターンによるプチセッション(1時間1,000円)

これら全部を取り混ぜて

月に10時間以上は、話すことになります。

なぜ、そんなにやるのか?


引き戻し防止です

引き戻しは、全てを消去するくらいの力をもっていますので
クライエント様に、
お金を無駄に使ってほしくありません。

求められれば、
卒業まで、これが継続します。

だから、1時間3,500円という
お値段にしています。

そう考えると決して安くはありません



最重要なのは、
自分のために、時間とお金を投資できるか・・・

自己投資と言います

または、自分を大事にする感覚でもあります。

自己投資の話は、また別の機会にでも(・ω・`*)

いつだ(^_^;)←ひとりツッコミ


100年続く幸せを目指して(*^^*)

自分の段階を

色々なブログを通して

知るのもいいかと思います。



【お知らせ】

散々引っ張ってきて、
このお知らせが、1番重要だったりします(☆∀☆)

昨年から動いてきた、出版の件です。

正式に出版社との契約が
決まりました。

木星舎さんという、
福岡←(地元ですが)
出版社さんにお世話になることになりました。

すでに、出版社さんとの
本打ちが始まっています。

7月中旬、出版することに決まりました。

先日の、本打ちで、
タイトルから変えることになりました(^_^;)
柔らかいものがいいとアドバイス頂きました。

Amazonで買うこともできるようにしてくださいます。

新聞広告にも載せてくださいます。(どこ新聞社かは、わかりませんです)
可能性としは、地元紙(西日本新聞社)かなあと予想してます。

んで、皆様には面倒くさいですが、できるだけ
バシバシと書店注文してくだされば
嬉しいです。

私もそのつもりです(*^^*)

なぜ?

書店さんが、注目して下さるからなんですね~
そうしたら、書店さんの印象がよくなって、
注目度あがるらしいのです。

受け売りですが(^_^;)


あ、お値段は、1,600円です。

以上、経過報告でした<(_ _)>

| AC | 10:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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1番になりたい

特別意識が肥大したACさん
とにかく、一番になることにこだわります
抜きん出て一番になることが、

褒められたい

認められたい

私は他の人とは違うのよ

承認欲求を一時的に

満たそうとします。

自分の空虚感を埋めるために、1番をめざす

しかし、満たされた瞬間から

不安がやってくる

誰かに自分のお株をとられたら

どうしよう

あの人の方が私より、

可愛がられている証拠を見つけ出しては、

焦りが増してくる

そして、自分がやりたくもないことを

無理して無理して行動し

「ほめて、ほめて」と繰り返す

自分の「意思」をないがしろにして

相手に尽くしたり、

やりたくもないことを、

「大丈夫です~」「平気です」と口走りながら。


それって、自分の気持ちを無視しているので

段々と疲れてきます。

だって、やりたくないんですから~

楽しくもなく、

ワクワクもなく。


最後に疲れ果てて、

おなじみの決め(捨て)ゼリフ

「こんなに私は頑張っているのに誰も認めてくれない」

いやいや、それはお一人様劇場ですから(^_^;)

しかも、なんかズレてる行動だったり

滑稽な様子に見えるんですね。

小さなころ、
1番になることで満たされ

(注*変な毒親たちは変な価値観を持っているので
子供は変な親の価値観に合わせた変な行動をするんです)

お母さんのいい子をやってた人に多いパターンです。

一番になるためには、

自分だって投げ出せる

でも、物事には、

限界ってものがあるので

頑張っても頑張っても

褒め言葉、承認欲求が

満たされないと

反転して恨み節炸裂なんですね。

それでも、世間が受け入れてくれなかったら

今度は、いじけます。

テコでも、いじけます。

最初は嫉妬から

1番じゃないといやなんだよ~

1番じゃないと、やってやるものか~

やだよ~

それなら、なーんもしない

したくないもん

ぜったい、するもんか~

どうせ、私なんか

存在価値なんかないんだから

やめてやる~消えてやる~

と、段々と脅しに磨きがかかります。

何してもいいんですが

1番へのこだわりは、

あなたの何を満たしてくれるのでしょうか?

お母さんとの人間関係で

学んだコミュニケーションを

そのまま、社会や家庭で再現していませんか?

1番って、誰がどのような枠でもって、

1番と呼ぶのでしょうか…



もし一番になれなかったら、

他の人が(といっても超狭い範囲の交友ですが)

たどり着けない独自な世界を作って、

そこで満足や優越感の

お城を建てるしかありません。

そこで、人を攻撃したり

自分に引き込む作戦を

建てているのかもしれません。


どちらにしても、

さて、自分の意志は

どこへ行っちゃうのでしょうか


自分の意志でもって

自由に生きて行くほうを推奨します

その方が、

はるかに楽しいものだと思うのです。

| AC | 09:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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相手の話を聞く

相手の話を聞く

うんうんとうなずく

聞いてますよと、少しだけ質問する

なるほどと自分で相手の解釈をする

大変なんだなあと相手を思いやる

いろんな聞き方あると思います。

自分が生きづらい、

私は運が悪い、

人から拒絶された、

そう思いやすい方にお勧めしたいのは


相手の体験している現実を

今の自分が過去に体験してきたこと、

今体験しつつあることと重ねて

相手の経験を聞くということ

をお勧めします。

自分を客観的に見る練習です。


自分の今は、どういう状態に

置かれているのか

自分定規だけの未熟な思考、

偏った見かたを

自分以外の、人の定規を借りて

客観的に見つめていくことが


私は正しい、あなたは間違ってる

からの脱出の一歩になるかもしれません

まずは、今の自分の思考の癖や状態を

知ることからはじめましょう。



追記

今後、アメブロにも同じ記事を同時にアップしていきます。


| AC | 10:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大切にされる感覚

お母さんから、大切に扱われ、

接してもらいましたか?

もしや、とてもデリカシーの

ない態度で接っせられたり、

こちらが話そうとしていることの

話の横取りされて、あげく、

お母さんの苦労話に変わって

聞かされる方になってませんか~

うんざりして生返事をしていると

人の話を聞いてない!

とか言われ

オイオイ!( *゚∇)/☆(ノ゚⊿゚)ノ

聞いてないのは、どっちだろう

でも、聞いてない私が悪いのね

と、うんうんと聞くふりをとりつくろう

その状態から、人の話を聞くのってとても理不尽、苦痛に思えてきます。

だって、私はこんなに、聞いてあげてるのにとか、


我慢の自覚無しに成長していくところが

母教洗脳のまた恐ろしいことで( ̄▽ ̄;)

このように大切にされない状態は

子供にとって、大切にされるという感覚を失わせていく行為

世の中の人間関係、こんなもの

そう刷り込み、洗脳されていきます。

そして、大切にされる感覚が分からないという前提で

自分から見た、人間関係を構築していきます。

大きくズレていきますよ~

人が良かれと思ってしてくれることを不快に感じたり(横取りされた)

人が大切にしてくれたら、

何やら、経験したことのない状況にとまどい、

なんかお返しをしなければと、

世間の一般常識に沿っていこうとしますが

基本、大切にされる感覚が分からないので


お返しをしなければならない

面倒くさい相手という認識が

できあがっていきます。

もっと言いますと、

何かをしてもらうこと=期待に添う

ではなければならないというのが、

植え付けられていたりしたら

これまた、やっかい(^_^;)

人付き合いが、たまらなく、

めんどくさ~いことになります。

次第に、私を大切にしないでという方向に

持っていこうとします

自分をないがしろにしてる方が、

よく知ってるなじみの感覚なんだもん

安心するんです

母のふところに、抱かれているように

母の教えたとおり

大切にされないことを選択し続けることで

安心してまう


げっ( ̄▽ ̄;)

そうしたら、自分のまわりは、

自分を大切にしない人ばかりが集まってくるΣ(゚д゚lll)

潜在意識は、その方が安定するから(-_-;)

脱し方としては、

自分を大切にする人たち←たぶん身の毛のよだつほど毛嫌いするタイプになります

その人たちを観察して

ほんのちょっぴりだけ、

何回も何回も真似してトライしてみる

というのもいいかもしれません

モデリングといいますが

そういう人たちには

自分を平気で大切にする人たちが

多く含まれます。

自分の毛嫌いしている人たち

自分が超避けてる、

でもほんとは、とっても嫉妬してる

そういう人間関係の中に

母教を脱するヒントがあるかもしれません。

| AC | 11:37 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

恐怖感とうっとりの相関図

記憶と感情を阻んでいるもの「うっとり」を図解してみました。

まずは、一般の健全な感情と出来ごとをベースにした図を書いてみました。
かなり、シンプルです。
出来ごとと、感情が直結しています。
普通の人の感情と出来事の処理の仕方
次に生きづらさやAC傾向の方の図解です。
ACフィールド

出来ごとが起こると、感情に直結せず、
無意識に、「自虐」「他虐」「正義感」「いい子」「不幸な私」「美しいものにうっとり」
「弱い私」「やり返したい妄想」「憎しみ」「病弱になりたい」「優しさにうっとり」

その他、もろもろありますが、

感情というより、「衝動」に「うっとり」「ひたる」「ふけってる」という感覚がぴったりします。

周りからみたら、いったいその人の内面に何が起こっているのか
さっぱり理解不能なものです。

衝動的に殺気を出したかと思うと、急にしくしくと泣きながら
うっとりと語りはじめる、あるいは、しゃきしゃきと動き始めるとか、
くるくると起こるので、そりゃ周りはめんくらいます^^;

しかし、当の本人は、全くの無意識の衝動で動かされているので
自分が「うっとり」しているという感覚はさっぱりありません。

私で言えば、宗教やスピリチュアル、あるいは子育てサークル
究極の自己犠牲と宇宙の果てまでいきそうなくらいの偽愛情
犬の究極の介護・・・数限りなく~

麻薬を打ってるようなもんでした。


それは、外部からくる不快を、ACフィールドで遮断していることで
起こるような気がします。
それは、幼い頃、自分の心を守るために、感情を別のところに
避難させていたことから、それが大人になっても
避難させた場所から戻せなくなっていったのだと思います。

その避難を助けているのが、「うっとり」(麻酔薬)するということ。
疑似感情なので、本物の感情と間違いやすいのですが
見分け方としては、記憶と感情が一致しない方は、
この「うっとり」状態である可能性は大きいと思います。
また、うっとり状態になると、始終同じ思考が脳内をめぐっていることも
特徴です。


置いてきぼりにされたハートを、取り戻すためには、
自分の「うっとり」に気づくことかもしれません。

*うっとりの種類は、一般人の真似をしたものもありますし、
反対に、ありえないような突拍子のないものまで多趣多様ですので
自分で気づくには、難しいと思います。
対話による気づきが必要だと感じます。


| AC | 12:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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