アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

・°☆”Core Rebirth あなここ”オフィシャルブログ☆.。アダルトチルドレン(毒親・機能不全家庭・コミュニケーション不全・喪失感・依存症)から失った自分を取り戻すブログ

<< PREV | PAGE-SELECT |

>> EDIT

【アダルトチルドレン】私の気持ちは誰にもわからない~相手の不安を受け止められない人たち~

不登校のお母さん方、アダルトチルドレンの方によく見られる傾向があります。

相手から(or子ども)から、泣いて訴えられたり、悩みを打ちあけられたりすると

相手が気持ちを十分に言い切らないうちに

「こうしたらどう?」

「私の時は、こうだった」

「あの人は、こう言ってたわ」

と、話をかっさらった経験ないでしょうか。


率直な子どもであれば

「お母さんは、私の話を聞いてない!理解しようとしていない」と

そう言うことでしょう。

あるいは、相手は、それ以上は言うことをやめて

がっかりして、「いくら言っても無駄なんだ」という無力感から

黙り込むという選択をするかもしれません。


上の言葉は、いかにも相手を思いやって

方法や解決を示そうとした結果、

相手の気持ちをないがしろにしてしまうパターンだろうと感じます。


その裏には・・・


自分自身の不安の解消のしかたが分からないという不安から、

さっさと、解決してしまいたいという

経験と知識でもって、相手をコントロールしようとする行為ではないかと感じます。


もともと、人には、「自分で感じること」「自分で行動すること」

「自分の意思を持つ事」「自分で解決策を見つける力」は備わっています。

しかし、上のような対応の連続性で、

相手をコントロールしてしまうと

元々、備わっている相手(子ども)の力を、そぎ

奪い、減退させてしまう効果が抜群にあります。



では、いったい、どうすればいいの?


自分自身が、悩みを打ち明けたり、泣いたり、怒ったりしながら

誰かに話を聞いてもらって、

安心する経験が必要なのではないかと感じます。


裏を返せば、その人の人生の中で、

そういう経験が少ないことを示していると思うのです。

「つらい時は、我慢せざるを得ない環境だった」

ということを幼少期のころに、連続して経験していった結果でしょう・・・


我慢した結果、

他者が、悩みを口にしてきたとき

無意識のレベルでは

「なんで、そのくらい我慢できないの?」という

怒りめいたものがむくむくと湧いてきます。

「好き勝手なこと言えて、いいわね」

という愛情のかけらもない気持ちが、相手の言葉を遮断する・・・

しかし、「アドバイス」「正義」という形をとることで、

無意識の怒りは、かき消され相殺される。


そこに、本当に相手を大切に思う気持ちがあるのか・・・




もし、相手の気持ち、話を最後まで十分に聞くということが苦手であれば

自分が、話をかっさらっていないか

点検する必要がありあそうです。


その状態をその瞬間に、自分で意識していくこと

「ああ、私、今、相手をコントロールしようとしてるわ」と

自覚するところから、

自分と向かい合うことができる準備ができるのではないでしょうか。


相手の話を聞けないということは、

自分の不満や訴えが成就しないようにするシステムを作っているということでもあります。

この恨み、晴らさずにはおくべきか・・・と

世代を越えて、復讐をしているのかもしれません。



先日、るろうに剣心(映画)を見ました。

恨みで人を切ると、大切な人を殺された人たちの憎しみがさらに

誰かを殺そうとする憎しみの連鎖を生むこと。

そのために、「殺さず」の剣を誓った剣心。

思わず、殺人鬼になる衝動との内的戦い。

彼の誓いを知る剣心のまわりの人の暖かさ。


誰でも心の中に鬼を飼っている。

特に・・・ACさんの場合は、鬼は檻を破ってやすやすと暴れ出る。


悪いことをしたら、怒られる

人を傷つけると、自分が傷つく

過去の憎しみを手放せない


そんな、普通の人が普通に受け入れていることを

受け入れられない・・・


鬼を飼いならすことは、鬼の存在を認め、

鬼と仲良くなるしかないのかもしれません。

と、ここは、NARUTO(少年ジャンプ掲載)が、

九尾を飼いならした時と重なったりします。

| 未分類 | 14:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

【アダルトチルドレン】もやっとすっきり

もやっと悩みを考えすぎて、こんがらがってしまった状態。

すっきり~、悩みが解決して、晴れ渡る空のように感じる状態。


どちらも、極端な解決思考ではないかと感じます。


フラットな状態とは、もやっと、すっきりのどちらも

バランスよく持っていられる状態ではないかと感じます。

丁度いいストレスが、人を前に進めさせる力にもなるのかもしれないと思ったりします。

ストレスの無い人(?)は、この世に神と仙人くらいかも。

| 未分類 | 15:21 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

【アダルトチルドレン・不登校・引きこもり】引きこもる小さなアダルトチルドレンたち

不登校になると、大方の子たちが、自室に引きこもるパターンをよく聞きます。

部屋から出てこないという状態ですね。

ひどいと、食事も拒否。

夜中にこっそりコンビニに行って、パン菓子やおにぎりを調達して

朝方寝るという場合も多く見られます。

この引きこもりの状態をあなここ流に考えてみたいと思います。


不登校になったということは、子どもにとって安全な場所が

学校や社会にないと感じているということを頭に置いて読んで下さいね。


子どもたちが自室に引きこもっているということは

自分の部屋しか安全でないということのアピールであり

自分を守るための最低限の場所として選択するのだと思います。

それは、家庭の中のどこも安全でないと感じているということです。

唯一、安全なのは自分の部屋だけということになります。

そして、そこに侵入されることを極度に嫌います。


家庭は子どもにとって、基盤ともなるところです。

そこに壁を作って、本来は安全な場所となる基盤を拒否せざるを得ない、

のっぴきならない状況が家庭において発生していると考えていいかと思います。


このような状態になっても、なお、親たちは

子どもが、どうかしちゃったんではないかと、部屋からいかに引き出すかに

苦慮しているんですね。


この、子どもを心配する風を装って(つもり)、相手を動かそうとする親の態度が、

子どもたちの心を苦しめていることに気が付いて欲しいと思います。

子どもたちの苦しい気持ちを受け取っていない状態を示しています。


しかし、親たちは、自分たちにはなんの落ち度もなく、

子どもがおかしくなったと感じています。

子どもたちは、奪われた自分の意思を返して欲しいと願っています。

気持ちを受け取ってほしいと願っています。

こうして、親と子のズレが生まれ続けていると感じます。


次の段階は、親が講演会やネットで、家庭での対処法を学び

今度は分かったつもりのさまざまな方法論で子どもと対処しようとしていきます。


親の対応は、少し変わっていますので、

子どもたちは、自室から出てきて次第にリビングへと移動してきます。

時々、リビングでゲームをしていたり

母親が作ったご飯を口にしたりできるようになります。
(母親の作ったものを食べないというのは、1つの本能的な抵抗のアピールですね)

*日本神話に黄泉の国に行ったら、そこの食べ物を一切口にしてはならぬとか
食べたら戻れなくなるという、そんな話がありましたが、
「食べ物」(命を繋ぐもの)が媒介となって、黄泉の世界に取り込まれる
ことを示唆しているのではないかと思ったりします。



ここで、失敗しやすいのは、講演会や本や支援機関に相談して

方法だけを行い、親の気持ちと行動、言動が一致していない場合、

この「お家で元気、でも学校へ行けない」状態を長引かせていきます。


子どもは、親の癖をしっかり見抜いていますので

言葉と気持ちが一致していないことは、お見通しですね。


ここをどれくらい短くするかで、

不登校→ひきこもり を防げるかが掛ってくるのではないかと考えています。



防げないまま、引きこもりが長期になり、子どもの年齢が上がってくると

子どもたちには、もうひとつの負荷がかかってきます。


中学、高校時代に価値観の変換・・・つまり

今まで自分が持っていた世界観が学校や社会で通用しなかった部分の

自己変容を求められる時期が、スムーズに移行できれば

ただの反抗期と言われるもので済むのですが、

そして、家庭において、自己変容が出来なかった場合が問題なのでしょう。

(多くを親たちが「変わるべからず」と強いている状態であることに気づいていません)


自己変容には、たえず「作っては壊し」という作業が必要になります。

自己変容=行動して失敗し修正するという心の作業ですね。

しかし、行動したら、失敗する、認められないという思考を植え付けられた子たちは

頭で考えるだけで、なかなか行動に移せなかったりします。

親自身にも同じ思考回路がある場合、

ここを打破するのは、子どもだけの力ではかなり難しいのです。

子どもが行動するためには、大人の軸のぶれない

安心な場所と、行動を促し主軸となる大人の存在が必要になってきます。
(あたふた、おろおろは、論外です)
 
もし、元気な引きこもりから、なかなか進まない場合は、

親側の意識の大きな転換が必要だということになるのではないでしょうか。

社会と家庭の価値観があまりに、かけ離れているということを行動で示しているのが

子どもたちの引きこもりなのだと思います。


もし、親側の変容がなされないまま、成人していけば・・・

子どもは、自分の世界の壁を壊して、

行動し、失敗し、自分の価値観に修正をかけるということが

非常に難しくなります。

自分の通用する世界でしか生きていくしかなくなります。


さらには、一般的にうまくやれてる同世代の子たちの存在も

自らを打ちのめす材料になります。

さらには、世間の「いいかげん、甘えてないで働けば?」とか

「大人になったんだから、一人前な行動をしろ」とか

圧力もかかってくるわけです。


その中で、家族の助けもなく、安心できる場所も狭まり、

行き先がなくなった子どもたち・・・

心は、不登校が始まった時から、止まってしまっているのに

身体的な大人としての行動を求められるのは、大きな負荷になりますね。


小手先では通用しなくなります。

子どもたちが、安心して、行動し、失敗し、修正をかけられるように

親が安心の基地になることは必須ではないかと感じます。


| 未分類 | 11:45 | comments:5 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

【アダルトチルドレン】負の思考のループと心の空洞化

「負の思考」「正の思考」、あるいは、ポジティブシンキング、ネガティブシンキング

そう言った言葉があります。

しかし、分けることにあまり意味を感じていません。


元をたどれば、負の思考は、

幼少期に自分を守るために、自分が作った仕組みなので

ある意味、本人にとってはポジティブ(正)思考でもあるのではないかと感じます。



例えば人と話していると、つい自分を「誤魔化す」という手法を使ったとします。

A「昨日のTV、見た?新曲、良かったよねえ~」

B「うんうん、見た見た。すっごくよかった~」

実は、Bは、見てない。

お母さんとケンカして、ふてくされて部屋に閉じこもってもんもんとしていたという

そんな事実があったとします。

でも、Bは、Aをがっかりさせたくないという気持ちが瞬時に湧き出て

「見た」と反射的に嘘を答えたのではないかと思います。


その後、嘘をついてしまった気持ち悪さから

なんとなくAに近づかないようにしていきます。。。

「自分の本意」と「嘘」で、自分が苦しくなっていきます。

どことなく、罪悪感めいたものを感じ、

同時に、Aと付き合うと、また「嘘を言わせられる不安、恐怖」から

避けるようになっていくのではないかと感じます。


しかし、Bにとって「相手をがっかりさせたくない」という反射的な気持ちは

幼いころ、母親をがっかりさせたくないばかりに

学校が楽しいというふりをし続けてきた癖のひとつかもしれません。



Bの行動で、母親ががっかりする姿は、

自分が愛されるか、愛されないかの至上命題になっていった可能性があります。

そこには、Bが母親に対して、どんな感情も安心して出せる、受け取ってもらえる

環境ではなかったという事実が思い浮かばれます。

時には、その嘘がばれて

「なんで、嘘をつくの!!」と問い詰められた事もあるでしょう。

しかし、

「お母さんを喜ばすことが、愛情を貰った実感があるのです」と、

説明できる子どもはいません。

母親に教えられたとおり、反射的に「嘘をつく」という馴染んだ行為をしただけのことですね。

母親を守るために編み出した、

「相手をがっかりさせない方法」・・・嘘をつく、誤魔化すことは、

Bにとっては、自分を守るため、母親を守るための「正の思考」ではないかと感じます。


やがて、子育てや人間関係において、

「正しい」と長年思いこんできた癖や反射的な反応に、

違和感を感じはじめる時期がきます。

思春期の頃ですね。

それ以前に、ウソはいけないと小学校の先生も、

幼稚園、保育園の先生からも言われます。

どこぞの標語にも書いてありそうです^^;

本人も「嘘はいけない」ということは、重々わかっているのです。

「社会」と「自分が家庭で学んだ信念」が、ぶつかり始めます。

つらい状況ですね・・・。


そこで、嘘をついてしまう自分を納得させるために

「私は、ダメな人間だ」(劣等感)と付け足さなければ、

正の思考と思いこんでいる「相手をがっかりさせない」ことについての

納得ができなくなっていくのではないかと感じます。



しかし、ダメな人間だと思うだけでは、一旦納得できたものの、

なおさら自分が救いようもなく苦しくなっていくでしょう。

そこで、また新たな、付けたしが必要になってきます。


「私の気持ちは、どうせ誰にも分かってもらえない」(気持ちを言わない決意)

「私は、あなたたちとは違うのよ」(見下しと優越感)


あるいは、嘘を真実にするために、記憶の操作を身につけていくのかもしれません。


こうして、たくさんの手法が付け足された結果、

人と交わらないことを行動化していくのかもしれません。

その付随物として、

「私は何者なのだろう?」

「なんのために生きているのだろう」

という心の空洞化を生むのかもしれません。


空洞化を埋めるために、無限地獄ループを作りだしているのかもしれません。

宗教的なものに依存したり、絶対的な正当性を持つ社会運動

あるいは、人の不安を抱え込むことで自分を満たそうとしたり、

何もかも興味のない状態に陥ったり、

恐怖、おびえ、パニックなどの手法が枝分かれとして、

追随していくのかもしれません。


まずは、自分がずっと信じてきた、間違った信念に

気づき修正していくことが先決だろうと感じます。

| 未分類 | 14:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

私ごと

昨年から、義母の病気、葬儀、そしてまた主人の病気と続いて

今度は、実母のガンが発覚しまして

今月手術することになりました。


早期の発見であったようで、手術可能であったことは幸いでした。

父も母も高齢になってきているので

何があっても不思議ではない年齢です。


母との電話のやりとりも増えましたが、

母のことを自然に受け入れている私がいます。

「行かなくては!」「あたふた」ではなく

「そばについていてあげたい」

と静かに感じています。


必要以上に心配でもなく、以下でもなく

「こうしなくては」という思考もなく、ごく穏やかです。


しばらく、ぽつぽつと、遠い実家通いが始まりますが

一番の懸念は・・・実家に同居している妹と甥っ子です。

妹はうつ病激情型ACなので、なんらかの摩擦は必ず起こるだろうと

予測しています。

ドラマティックな被害者意識のパニックを起こし

1人劇場ヒロインになるパターンが多いので、

密着した時間を作らないよう、長居は避けようと思っています。

これは、私自身の身を守るというより、

妹を守るためという部分が大きいと感じます。


機能不全の温床だった実家・・・私のACのルーツの場所を

今の視点でどう感じられるのか、確かめる時間となる気がします。

今だから、出来ることなのだと思います。



きっと、母もこんな日を待っていたのだろうと思います。



おかあさんに 会ってきます^^



*手術は来週になりますので、セッションの変更をお願いする方がいらっしゃると思います。
 後日、メール致します<(_ _)>

 クライエント様には、大変ご迷惑をおかけしますが、
 よろしくお願い致します。
 

| 未分類 | 19:27 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

コミュニティ「あなたの心をまもりたい」を閲覧可能にしました

お知らせです。

昨夜、ボスの突然の思いつきで┐( -"-)┌ヤレヤレ...

閉鎖していたコミュニティ「あなたの心をまもりたい」を

どなたでも読めるように設定変更致しましたので

↓↓↓↓こちらからどうぞ。↓↓


http://blog.fc2.com/community/member_list/15025/

特に、2期生、3期生の方は、あなここの歴史を振り返るいい機会になると思います。

参考にしてくださいね。

1期生の方は、「あ~私、こんなこと書いてる」(*・・*)ポッと赤面したり

今の自分と昔の自分を比べて、今の自分との違いを感じる機会になりますね。

数人でスカイプしながら、読み合いながら昔語りをするのもいいかもです。

共に歩んできた道を振り返り、思い出を共有しましょ。


| 未分類 | 08:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

【不登校】子育てに終わりはあるのか?

息子の中学不登校時代を振り返って、思う事があります。


不登校当初は、子どもが学校へ行けるようになるのか

このまま、ニートヒッキーになるのか

漠然とした将来の不安について焦点が当たっていましたが、

息子が20歳過ぎた今

結局、子どもがこれから どういう生き方をして

人とどういう関係性を形成していくのか


不登校時代にやり直しをしたことの集大成が

20歳以降なのだろうと感じます。


学力がついたらいい人生の選択肢が増えるかもしれない

いい大学を卒業したら就職に困らないかもしれない

手に技術を付けたら食べていけるかもしれない


そういう考え方も一理あるのですが

人間関係でつまづいた場合、

これは当てはまらない気がしてなりません。

いくら、学歴・資格・技術を持っても

職場でそれらを活かし、やりぬき、人間関係を構築し

日常茶飯事に社会の中でおこる理不尽な事件に面しても

対峙していく心の強さがないことには

仕事についても挫折してすぐやめてしまう

そのままヒッキーというパターンも多いと感じます。


繊細で、傷つきやすいということを売りにしても

恋愛をしたり、親友を作ったり、結婚したり

ということは至難の業かもしれません。


昔とはかなり様相が変わってきましたが

それでも、男子が経済の中心にいることは

社会的要求として否めません。


男の子は、家庭を持つと

奥さん、子どもを守っていくという力が必要です。


女の子は、やはり子育てにおいて

男子より圧倒的に育児にかかわる時間が多いのも

身体機能的には、しょうがないことも多い。



だいぶ前にTVで

人工保育で育てられた動物園の象の子育てのお話をがありました。

子育てが出来なかった子象のお母さんも、人工保育で育てられていました。


反対に野生の動物を保護し、野生の仲間に返すことを目的とした場合

少しずつ野生に慣れさせ、

本能を取り戻させ、自分でえさを狩り

自立していくドキュメンタリーなどもよく見られます。

ふる~いところで、小学校6年のころにはまっていた

「野生のエルザ」は、大好きでした。←ぐぐってください^^;


当時は、主人公のライオンが好きだと思い込んでいたのですが

今考えると、自立させようとする

人間と子ライオンの愛情・信頼に強く惹かれていたことがわかります。



子育ての集大成は、

その子が、どんな恋をして、どんな子育てをし

家庭を作っていくか

そして、その先も・・・
 
こうしてひとつの世代の歪みが

子どもたち、孫、ひ孫・・・ そのずっと先にも

影響を及ぼすことを考えると

世代間のひずみの中で「このままでは、苦しいんだ、間違ってる」と

思った人が、世代の歪みを少しずつ変えていくしかないのでしょうね。


不登校と不登校に関わるお母さん方は

世代の歪みの連鎖を止める、その中心にいると考えてみても

いいのではないでしょうか。

恐らく、現在、もしACの自覚があるお母さんなら

自分の子ども、孫・・・、このくらいは守備範囲と思ってもいいかと思うのです。

変わろうと思った時が、変われる時です。

変わりたいと思った時が、もう変わり始めているのですから。




| 未分類 | 11:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

【不登校とAC】子どもが動き出そうとする時の親の心理

進学や進級の季節ですね。

不登校やひきこもりの子どもたちは、

時期的に気持ちが動きやすい時期でもあります。


子どもが動き始めようとする時に、親は複雑な気持ちになります。

はらはら、ドキドキ、不安、恐怖・・・

先のことを思って、気持ちは上がったり下がったりではないでしょうか。

ちょっと、パターン別に書きだしてみたいと思います。


①子どもが元気になりだすと怒りが湧いてくる親(共依存系)

子どもが活動的になったり、友達の輪を広げ出すと

物足りなさや、ぽっかりと空洞を感じる傾向の強い方たちがいます。

誤魔化しても、なんだか、気力がわかない・・・

なんだか、自分が我慢して、「子どもの為に」とすごく苦労してきたことが

あほらしくなってくる。

ぽっかりと満たされない思いが湧いてくる。

次第に自由にしている子どもが、とても羨ましくなり

「私の気持ちをわかってよ」

という親側のかまってちゃんが発動してきます。

「私は、あなたのように自由には出来なかった。なのにあなたは・・・」

何か怒るようなことを仕掛けたり、証拠探しをしたり

怒る理由を作りだそうとします。

これは、満たされなかった幼い頃の残り火が、再燃してくる状態を示します。

こうして、子どもを自分の手の内に戻したいという衝動が噴火して

子どもに八つ当たり・・・

「いつまで、ゲームやってんの!」

「早くねなさい!」

といつもは言わないような事を口走って

子どもは、がっかりして、エネルギーをお母さんから奪われてしまいます。

そうしたら、子どもたちは、しょんぼりします。

子どものしょんぼりした姿を見て*思い知らせることに「ざまーみろ」という満足したお母さんの幼心は

エネルギーを子どもから貰ってやっと満足します。

同時に「またやってしまった」というかすかな気持ち。

お母さんの幼心の傷が深ければ深いほど、満足>罪悪感 となり、

罪悪感を「だって、あの子がちゃんとしないんだもん」という正当な理由で

かき消してしまっていきます。



*「思い知らせる」・・・幼い頃に感情を抑圧され、
 いい子を演じてきた子どもたちは本当の感情を閉じ込めています。
 しかし、閉じ込められた感情は、生活の中でじんわりと無意識に行動や言葉に
 漏れてきます。
 無意識に抑圧されてきた「私は親にこんなにひどいことをされた」という
 これらの負の感情を自分の子どもに分かって欲しいという無意識の欲求になっていきます。
 子どもへの精神的虐待・身体的な虐待は、
 このように、母親自身の「悲しみ・怒り・憎しみ」を子どもで再現し
 子どもに自分の辛さを分かって欲しいという一体化を求めた行為です。



②不安を上乗せする親たち(過干渉系)

子どもが動けるのだろうか、どうせまた失敗するのではないだろうか?

期待のあまり、自分が傷つくことを恐れ

不安のクッションを入れて、

子どものエネルギーを奪っていくタイプの親もいます。

学校に行く子どもを支えるのは、親です。

親の不安は、子どもに必ず伝わります。

そして、不安による先読み過干渉が発動し、母子一体化に戻そうとします。

不安を抱えることで「変わるな」というメッセージを

離脱しようとする子どもに伝えているのですね。

そして、その根本には、

やはり・・・

「思い知らせる」という無意識が作用していると感じます。



③変化するのが怖い親たち(放任系)

これも、割に多いかと思います。

子どもが動き出すと生活に変化が起こります。

喜ばしいことなのに、自分のことしか目に入ってない・・・

自分が寂しい

変化することは、今まで自分が守ってきた

「抑圧」を壊されることに繋がります。

自分の人生を否定される感覚にもなります。

そして、上の①と同じく、

「思い知らせたい」という対象物を失うという予測が無意識に発動します。

思い知らせたい対象物がいなくなるという事は

自分と向き合い、自分を見つめなければならなくなります。


今まで、対象物があったゆえに、苦しくても

本当の気持ちを逃すことができた。

しかし、それが出来なくなる恐怖を本能的に悟ります。

これは、これで、とても苦しいことだと感じます。

子どもをいつまでも自分の「思い知らせる」、「満足」の道具に

してはいけないことも分かっているのです。

しかし、つい・・・

子どもが進学することを、まるでそこに存在しないように

放置し、見ないようにし、

子どもが再度、動けないように、エネルギーを奪おうとします。



以上、ざっくりと3つのパターンを書きましたが、

表面に出ている形は全く違いますね。

実際は、①②③が入り混じっていると考えていいかと思います。


しかし、根本は「思い知らせたい」という幼い頃に閉じ込めたお母さんの感情。


こうした子どもを自分の身代りにしようとする力は

なかなか、自分では自覚できないものです。

自分をみつめる事の大切さを少しでも感じて頂きたいと思っています。

         
色々な不登校対策の場所がありますが、

私たちは、長引いた不登校・ひきこもりは、

子どもへの表面上の方法や小手先の言葉でのアプローチでは、

根本回復にはならないと考えています。

| 未分類 | 14:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

それでいいのですか?



歌詞を見たい方は、「続きを読む」からどうぞ。

>> Read More

| 未分類 | 12:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

<< PREV | PAGE-SELECT |