アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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【ACと不登校】人のせい・私のせい

人のせいにして、相手が悪いと言っているうちは、

何も、かわりようがない。

だって、相手は、あなたの良いようには、変わってなどくれない。

ただ、その人の人生を生きているだけなのだもの。

ACから回復するためには、

まず、この自分の中の「あなたのせい」という思考回路を

修正していこうとすることかもしれない。

しかし・・落とし穴がある。

数十年、ねじれ続けた思考回路には、

それぞれの強烈な思い込みの癖が身についている。

実際のところ、「相手だけが悪い」ということは、

「私は悪くない」ということを誰かに知って欲しいってことだね。


「あなたは、悪くはなかったよ」

あの頃、誰かに、そう言って欲しかっただけなんだ。


でも、小さな子どものころは、非力で、周りに優しい言葉をかけてくれる人もいなかった。

親は絶対的な存在で、「親が悪い」なんてとても恐ろしくて言えやしない。


そこで、編み出した消極的な抵抗の手段が

「私は悪くない」という証拠集め。

相手が悪いとあからさまに言うと、自分が気持ち悪い、

なんだか、自分が鬼畜のように我がままな気持ちになるので(罪悪感)

そうではないことを証明するために

「私は悪くない」の証拠を探すようになるんだね。


「ほら、私は、悪くなんかないでしょ」

これをやりすぎて、本当の自分がわからなくなってしまったのかもしれません。


勝ち誇ったように、相手の少しの非を大きくして

地球最後の日がくるかのように、自分の中だけで大層な事件に変換していく。

しかし、健全な人から見たら、

そんなことは、どっちもどっちに見えることも多い。

狼少年の言葉を誰も本気で相手にしてくれない。

そこで、さらに、大声で相手を極悪非道、こんなことをされたと訴える必要がある。

自分の全人生をかけて

「私は悪くない」という証明をするという人生脚本を歩み続ける。


相手がちょっと人間らしい愛情を見せる時さえも

「そんなことをされては困る!」とばかりに

「きっと、裏にたくらみがあるに違いない」と

三段ひねりを加えて、後々の責める材料に使わせて頂く。

「ほら、やっぱりね~」と自分が間違っていなかったことに安心する。

そりゃ、こんな人生脚本では、

我慢することも、雪だるま式に人の数十倍、しかもすごいスピードで増えていくことでしょう。

おなかいっぱいなっちゃうね。


最初は、被害者であったはずなのに、いつの間にか加害者になっていくプロセス。

自分で、ひねって、自分で我慢する状況を作る。

自作自演

どちらにしても、人のせいにしていけば、

いつか自分だって、「あんたのせいで、俺(私)はこうなった」と

子どもたちに言われる立場になるのは明白だね。


それが、世代間連鎖悪 の世界だってことかもね。



もし、生きづらかったり、苦しかったりしたら、

人のせいにすることをやめるように意識し続けて

自分の心を見つめ続けてていくことでしょうか。


反対に、人のせいに出来ずに、「私がダメだったの」「私が悪かったの」と

自分のせいにしたりする自虐手法や

無かったことにして、記憶を末梢してしまう記憶の操作もある。

先ほどの「人のせい」は、他虐手法。

これらが被害者意識となって、心の中を交錯し続ける。


「あの時、こんな道を選ばなければ良かった」

「あの時、こうしたら良かった」

過去を悔むのも、「自分のせい」にしている。

もはや、一体、誰を守っているのか、さっぱりわからない状態。


はじまりは、たったひとつ

「あなたは、悪くないよ」って言ってほしかった悲しみにくれた幼心。

それが、高じて「○○のせい」思考に汚染し続けてきた結果、

自分も人も、その対象にしてしまった。

極端から、極端へ。

中庸には、「○○のせい」なんて思考はない。

ただ事実として、「むかつく」「あったまにくる~」

「腹がたつ~」「悲しいよ~」「寂しいよ」という自分の感情があるだけ。


どちらにしても、もとは同じ。

小さな頃に自分を守るために身に付けた方法。

いまだにその方法を 大人になっても使って生きてきているってこと。

そのシステムを作ったのは、極悪非道の相手ではない。

すべては、自分で仕組んだもの。

被害者意識を増大させたのも自分。

自分でこしらえたものは、自分で壊さなきゃいけないね。

他の誰も、壊せない。


今、昔ながらのその方法では通用しないから苦しいのだという事を

よくよく知っておいてほしい。

もうそろそろ、手放していいんだよっていう合図。


もし、家族の中の誰か一人が苦しい状態であれば

家族全員も苦しくなるのだという事を知っていて欲しい。


自分も人も、そんなに「悪」ばかりではないものだよ。



といっても、やはり、賞味期限っていうのはあるのだろう。

親は、変わらないまま、私たちの苦しみを知らないまま

先にあの世に行ってしまうのだろう。

親たちは、私たちに、ひねくれても生き抜く力を与えてくれた。

人並ならぬ、我慢強さをつけてくれた。

それは、ある意味「自力」なのだろう。


でも、私たちは自分が自分を諦めない限り、

まだまだ変わる可能性を持っている。

人は、たおやかに変化していく力を秘めている。

何より、それを待っている子どもたちがいる。

「私は悪くない」から、そろそろ卒業の時。

誰も悪くないのだから。


誰もが自分の人生を歩いているだけなのだから。


人のせい?自分のせい?を手放そう。
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