アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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【過去回想】オセロの思い出

家族や、友達で楽しんだゲーム

学校では、短い休み時間には、ノートにマス目を書いて
五目並べをやっていました。

放課後は、トランプをやっていた記憶があります。
「スピード」なんか、競ってやっていましたね。
豚のシッポなども。

トランプではないけど、「コックリさん」も、やりましたねえ。
鳥居を書いて、五円玉転がして遊んだものです。
でも、ヒステリー症状を起こして
倒れる子が出て、学校で禁止令が出ました(汗;

そして、お正月にやるゲームといえば
私にとっては、「オセロ」ですね。

当時、叔父(母の弟(かなり年が離れている))が、岡山から
帰省してくるのが、楽しみで楽しみで^^

あるお正月に
その叔父が、オセロ盤を持って家に泊まりに来てくれました。
私が、小学校高学年だったでしょうか。
大好きな叔父なので、もう、嬉しくてね。
犬のようにくっついて、離れませんでした。
その叔父が教えてくれたのが、オセロゲームでした。

何度やっても負ける。(当たり前でしたが)
悔しくて、悔しくて、「もう一回!」としつこく、せがんだ記憶があります。

オセロの基本的な攻め方を教えてもらいましたが、
なかなか、角が取れなくってですね。
叔父が帰省してくる、お正月やお盆の度に、
オセロ盤を出して、叔父と勝負してました。
まだ、小さい妹は、オセロには興味を示さず、
叔父を、独占できた幸せな時間でした。
私のオセロ好きは、ここから来ています。

お正月やお盆は、親戚ごとが多く、苦手な記憶の方が多いのですが、
同時に楽しい記憶も、埋もれているんですね。

大人になり、そんな記憶は、すっかり忘れてしまっていましたが
結婚して、子育てが始まり、
子どもたちが、小学校の頃になると、
自然に家族でオセロをやるようになりました。

特に、息子と私は、数多くやってきた気がします。

息子は、特にオセロが好きってわけではないのですが、
オセロをしている私、楽しそう(緩和状態)である事を
わかっていたのでしょうね。
(表情、声のトーン、しぐさ)
↑楽しそうにしなきゃというものではなく、自然とそうなります。

夕飯が終わると、「お母さん、やろう」と誘ってくれていました。
その逆もありですが、
今でも、たまに思い出して、オセロ盤を引き出しては
勝負しますが、負けることが多くなっている昨今。
息子が不登校の時も、高い頻度でやっていました。


叔父が伝えてくれたもの・・・
叔父は、うちの家庭が、戦場のように過酷だという事を
知っていたはずですが、
その中で、自分の愛情を私に伝えてくれようとしていたのでしょう。

中学の時、始めてローラースケートに連れて行ってくれたのも、叔父。
フルートが欲しいと、吹けもしないのに、わがままを言って
まさかのまさかで、本当に誕生日に、送ってくれたのも。
ずぶの素人が、いきなり吹けやしないと分かっていながら、
送ってくれました。
はじめて、中島みゆきを教えてくれたのもこの叔父です。

閉鎖的な家庭の中で、ただ一筋の光のように
叔父が帰省することを楽しみにしていた幼少時代でした。


2月、3月は、苦手。
叔父が高校を卒業して、岡山に行ってしまった3月。
何も知らされず、見送りに行った駅のホーム。
なぜ、叔父が行ってしまうのか、それさえもよく分からなかった小学校低学年。
祖母も母もホームで泣いていた。

あの時、思い切り泣けなかったのは私。
この季節は、切ない季節。
大切な人が去っていく季節。

オセロから、そんなことを思い出した。
暖かくも、切ない思い出。
大切な記憶を ここに、記しておこう。


ああ、だけれど、肝心なことを私は知らなかった。
叔父の誕生日がいつなのか。(´;ω;`)ウゥゥ
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