アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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究極の信念はどこから生まれるのか

生きづらさを抱えている方に多い
信念ともなっている信条について感じたことがある

その信念は、心の中で固く硬化し
重石のように重厚に存在する

それは、いつ作られたのか
そして、いつこのように強化されたのか本人もわからないまま、
まるで、生まれたときから、
そこにあったように
「信念」が見えるときがあります

その信念は一人一人
微妙に違うのですが
形成するまでの、プロセスは
どれも同じようなプロセスに見えます

例えば、

「裏切ってはならない」

この信念は、かつて無力だった自分自身が

大好きな人からの裏切り(と思われるもの)に合い、

自分の傷の痛みを
強い信念に変えていったと感じる

私自身も、かつて
「お母さんが笑ってて欲しい
お母さんを助けたい」
と、願い願って、
その方法を社会に出てから
探し、放浪し、スピリチュアルに傾倒し
宗教に求め、
場所に求め、外を放浪旅をした

しかし、よくよく考えてみれば、
お母さんを幸せにしたいと思っていたことは、
自分が満足したいという欲求からきている。

そして、お母さんと自分の存在がここで入り乱れ交錯しはじめている

(これが、後の矛盾を生むことになる)

最初はお母さん、だったかもしれないが、母を幸せにしたいという望みは、
言い換えたら子供にとっては、自分が幸せになりたい、愛されたい

そのためには、母を幸せにしなければ、母は私を愛するどころではない
という、
子供ながらの計算が
働くのではないかと思い当たる。

「守りたい」

「愛したい」

「見て欲しい」

「役にたちたい」

それらは、程度の差はあれ
強くその人の生き方に影響を及ぼしていく

その究極の欲求を満たすことができる人を自然と求め、
そして、それぞれが、
自分が求める信条を強化することに
熱中し
自分が幸せになることを
すっかり忘れてしまう

結局、自分が選んだ信条は、

自分が最もしてもらいたかったことだったのだと、自分のエゴに気づくとき

もっとも、闇が深く

もっとも、抵抗が走る

なぜなら、自分自身が

少しも誰も自分の信条をもって
守れていないことに
気づく瞬間だからだ

例えば裏切りを信条とすれば
裏切らせようとするささやきが聞こえる

相手が裏切ったら、
自分の信条は、実は最高のシチュエーションで、
自分の信条に酔うことができる

相手を責めることができる
相手を拒絶する正当化を自分の壁にできる

信念、信条とは、人と人の間に
壁を打ち立てるものにしかならない

そして、孤立感を深めていく

打ち立てられた壁の輝きとは別に
闇もまた、深くなる

この矛盾に人は苦しんで
もがいている気がしてならない

信念、信条は、神格化しやすい

かつて、少年Aも心の中で内に神がいた
そんなあやうい事態は、
常に誰の心の中でも起こりうる可能性がある

自分自身の自由と笑顔と

言葉の開放は

ある意味、自分の持っている
信念との向き合い方にかかってくる。

いくらりっぱなうそっぱちの
信念を打ち立てても
誰にも触れられないものであるならば
そして、孤独であるならば
一緒にくだらないことを
笑いあえないなら
楽しめないなら

弊害こそあれ、もういらないのではないかと思ったりする

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