アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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感情・・・このやっかいなもの【アダルトチルドレン】

小さなころから、いつも私は怒っていました。

物ごころついた頃から、ずっと怒っていました。


しかし私がやってきた過去の「怒ってる」は、一般の人の「怒る」とは全く違うものだったのです。。


そもそも感情とは、一部だけ突出して出るものではないのです。

嬉しい、楽しい、かわいいー、おいしーい、

好き、愛している、これらもまた人を通して、

内面からわきあがってくる自然な感情です。

が、ACさんたちは、これらはなかなか出てこない。

しかし、怒りや悔しさだけは驚くほど簡単に出てくる。


ここで、感情の矛盾が起こっているのが不思議でならなかったのです。

最近、怒りや悔しさは、

過去に蓄積された感覚であり、

怒ってきたのではなく、ただ消化されない理不尽に対して
憤りを感じてた時代の名残が
今、目の前で起こっている出来事により、
心に貯め続けた理不尽に反応しているのだと理解したとき、
なるほど!と膝を打ちました。

そもそも他者から理不尽を受けても、基本、超我慢強いので

かなりな我慢期間(潜伏期間)

を経て、発症するシステムがあるのです。


これを、タイムラグと言います。

タイムラグといえば、幼少期のころ言えなくて閉じ込めた

悲しさ、悔しさ、怒り、あるいは

楽しささえも閉じ込めていった結果、

大人になっても、タイムラグをし続け、

他者からの何かの刺激によって

過去に起きた理不尽を受けた時の気持ちが無意識に

こぼれでる、ひとつの反応だと思えば、

感情の欠落、あるいは感情の抑圧、抑圧されたものが

無意識からわきあがり今の自分の行動を操作しているのではないかと感じます。

タイムラグを幼少期の頃から

何万回と繰り返していれば

それが何十年も続いているとすれば

タイムラグという、今現在も過去の幻にずっと脅かされていることになります。

何万回ものタイムラグに心を奪われていれば

今現在の気持ちは

感じるすべはわかりません。(余裕がない)

今、ここの感情を感じようなんて、悠長なことができるはずもありません。

常に、過去に気持ちは存在し、幻の中に心は存在しているのです。

タイムラグを起こし続け
幻に固執しつづけ、怒り(もどき)で、

タイムラグで発生した自分の空虚を埋めようとしているだけということになります。

これをタイムラグが起こした

疑似的怒り

と、私は感じます。

これは、身近な人が怒って身を守るという行動を目にし、学習し

そして、怒りを撒き散らせば、身を守れるという成功体験の積み重ねがなせる技です。


では本当の感情とはどういったものでしょう。

なんらかの感情が発生するとき

そこに、必ず「人」の存在が必ずあります。

一緒に、笑った

一緒にケンカした

一緒に、泣いた

一緒に、「おいしいねー」「まずいねー」と言い合った


お母さんが赤ちゃんのおむつを替えるとき

「あらあら、気持ち悪かったねー」と言葉をかけ

おむつを替え終わったら

「さあ、気持ちよくなったねー」

と微笑みかける。

こんな些細なことで

赤ちゃんは、

これが、気持ちいいことなんだ、これが不快なんだ

と言葉と気持ちを一致させていくのです。

このとき、感情の交流が親子におこり

にっこりと笑い合うことで

子供は快不快からはじまり、

複雑な感情を親から学んでいきます。

もしお母さんが「めんどくさい」と思いながら

むすっとして

荒々しくおむつを替えるという行為だけで終われば

子供は、お世話される自分は

お母さんを不快にさせる悪い子なんだとインプットしていきます。


そこで何万回もくりかえされる、一致のない親子のやりとりで、

子供は感情を育てそこなっていくのです。

感情とは、コミュニケーションの中で、互いに育てられていくのではないかと思います。

この場合、伝える側の母親も、与えることで思いやりを育て

受け取る赤ちゃんも母親からのフィードバックを受け取り、

二倍、三倍に、互いに感情が膨らみ成長していきます。



これは、大人同士でも同じです。

言葉と感情の一致のない関係は

表面上の付き合いで終わります。

この段階で、
 
「信じてよ」「信じてる」とか

究極の言葉の契約はあまり意味を成しません。

それは、信じる、という究極の状態を作りやすく、

裏切ったら許さないという

狭苦しい鎖を相手に ひとつつけてしまうことになります。

AC的な傾向の強い人によくみられるのですが

「私のこと愛してる?」という確認と似ていると思います。

相手に「愛してるよ」と言わせることで

「愛してる」って言ったじゃないと・・・相手を「愛」という言葉で

狭苦しいところに封じ込めようとします。



このような究極の関係は

一般から見ると、異様です。


しかし上記の母子のように、深く一致していく関係であれば

ずっと、大切にし合う関係が

「自然に」育くまれます。

大切にしあう関係は、

いろいろな粗があったとしても、一致している感覚が育っているので

「好き」を選択できる力を育ててていける関係なのです。


感情、このやっかいなもの・・・

まずは、タイムラグによる擬似感情であるのか

お互いに一致した感情であるのか、区別をつけることをおすすめします。

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