アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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「ごめんなさい」

人間ならば、他者を傷つけることなしに生きてはいけない。

そう、これは誰でもです。

私も、たくさんの人を傷つけてきました。。。

しかし、「被害者意識」、「かわいそうな私に」視点があれば

他者の痛みに鈍感になります。

他者の痛みより、自分の痛みの方が、大きいのだろうと思います。

自分の痛みに執着しているのでしょう。



不登校の子どもたちの痛みに寄り添いたいお母さん方は

たくさんいらっしゃると思います。

しかし、お母さんたちの謝罪は、子どもには届かないことが多い。


「ごめんなさい」

悪いことをした時、人はこう口にします。

もし、この言葉が

自分(お母さん)を許してもらう目的のために謝る、

あるいは、自分が楽になるために謝る母親、

あるいは・・・この場を収めるためのとりあえずの言葉であるならば


子どもたちは、自分の傷に気づいてもらえてない

やるせない感覚に陥るのではないだろうかと感じます。


「ごめんなさい」は、

相手の傷ついた気持ちの深さに気づくこと

「ごめんなさい」は、

相手の気持ちに共感すること。

その傷の重さを、一緒に持ってやろうとする慈しみの行動。

愛情のかけら


ところが・・・幼い頃から心に傷を負って育った方たちは、

「ごめんなさい」を伝えることは、

自分が相手に屈した、負けたと思う感覚に

変換されることもあるようです。

プライド高すぎくん・・・

だから、「ごめんなさい」は、屈辱だとしか思えない。

それならば、人様に迷惑かけないで、ひきこもって生きていこうと。

人に迷惑かけないよう、ルールを守って、非の打ちどころがないように。


巷にあふれる「ごめんなさい」が、口先だけのうわすべりにしか聞こえない。



子どもに悪かったと思えないのは

自分を曲げたくないから

自分は、もっと酷いめにあったんだという
我慢・抑圧の結果

故に、あいつが悪くて、自分が正しいと思いこみたいから

自分の頑固さゆえ

自分の枠の中でしか、人を見ることができない狭さ



「ごめんなさい」は、関係性の終わりでなくて、新たな関係の始まりの言葉

そう思うよ。


いつかの私も、こんなにも、「ごめんなさい」が難しいなんて

思ってなかったんだよ。


全力で、今、目の前にいる人を見てごらんよ。

そこに、解説はいらない。
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