アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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【不登校・ひきこもり】暴れる子ども(暴言・暴力・自傷)

暴れる子どもたちの気持ちを書きます。


「閉そく感」これに尽きます。


親に暴言を吐いて訴える、物を投げる、殴る、壁に穴をあける

色々な訴えを子どもたちは家庭で行います。


過干渉の場合、母親の先回りで

自分(子ども)の意思を奪います。

子「今度、カラオケ行っていい?」

母「誰と行くの?お金はどうするの?どこに行くの?宿題やったの?」

何気ない会話ですが、

母の応答の本心には、言葉の表面の意味あいは、ありません。


自分の管轄外に子どもが行くことを阻止したいための言葉です。

家で自分の監視下の中に子どもを置いておきたい。

自由にさせたくない。

子どもが自分の監視下から外れることを阻止するための言葉です。


このような事が日常、生まれてからずっと行われていると

間違いなく、家庭の中で子どもは身動きできなくなります。


身動きできなくなった子どもに残されている行動は

自分の意思を閉じ込めて、沈黙するほかありません。


その度合いによって、

独り立ちしたら、とっとと家を出て、家に近寄らないという状態になるか

意思を奪われたまま、

社会に出てから周りとの違和感に挫折し、

家から出られない状態になることも多々あります。


家から出られない状態が続いていくと

意思を奪われた子どもは、次第に怒りを親に向け始めます。

自分の力と、世間の同年代の子たちとの差にいらつきます。

自分はダメだと感じます。

ダメにしたのは、親だと憎しみを募らせていきます。

「おまえらが、俺をこんなにしたんだ。責任とれ」と迫っては暴れます。

親にとっては、今までこんなに大切に育ててきたのに

自分たちに怒りを向けられる事は、晴天の霹靂でしょう。


ここで、親子の逆転が起こります。


親は、子にあたふたと気を使い、怯えます。

今まで、自分の上に君臨していた親が、慌てふためいて

自分のことに怯えて、こそこそしている・・・


それを目のあたりにすれば・・・

子どもは、情けなくなります。


今まで、親の言う事をきいて、自分のやりたいことを阻止され

意思を奪われ続けてきた当の相手が

自分にかしずくように、気を使い始める。

そんな親を見て、子どもは自分が情けなくなります。

そして、自分を責めます。

自分を責め過ぎた子どもは、耐えきれなくなり

ついには、暴れ始めます。

一度暴力、暴言を吐いてしまえば、

親が怯えて、気を使っている間は、この逆転現象は、

定期的に起こります。


暴力は、閉そく感を壊す為だったはずですが、

自分の暴力で昨日まで王様だった親が情けない状態になっている。

自傷をすれば、「かわいそう」と憐みの目で親から見られる。


これらの対処法は、一回目が大切です。


動揺しない、おびえない、あわてない、気を使わない

暴れる子どもに対処する、大原則です。


そして、子どもの閉そく感、家庭の窮屈さに母親が気づくこと。

子どもから奪った意思を返してやること。

丁寧に、子どもの気持ちを受け取ること。



親から、怖がられるという行為は、子どもにとって

最大に悲しいことです・・・

今まで、自分の意思を捨て、良い子をしながら守ってきた大切な親から

拒絶されるのです。。。

世の中に、こんなに絶望的なことがあるでしょうか・・・


子どもは、自分のやっていることが、理不尽な行為だとも分かっています。

それでもなお、自分の意思を取り戻そうと

あがいている究極の行為が、暴力、暴言です。


しかし、残念ながら、親自身は、子どもの意思を奪ってきたものの重さを

考えることができません。


親子のズレです。


では、暴れる子どもをどうすればいいのか?という疑問。


意思を少しずつ返してやること。

大切に、丁寧に、子どもとの歴史を振り返り

親が子どもから奪ってきた重さを感じること。

私は、それだけでいいと思います。

口先だけで謝る必要はありません。

重さを感じることができるならば、

子どもには、自然に伝わっていきます。


親が上で、子どもが下?

親の方が経験があるから、親の言う事に従いなさい?(監視)

子どもが、不都合な問題を起こしたら、子どもが上で親が下?(怯え)

こんな都合のいい話はありません。

(ふざけるな!と言いたくなる子どもの気持ち、よくわかります・・・)


親と子は、人生は別物。

親子の歴史を振り返ってみてください。


とある回復ブログには、「親が上であることを示そう」など書いてありました。
私には、???でした。
力で抑えて、何になるというのだろう。
それを忠実にやって、挫折している人のブログも知っています。
なんともやるせなさを感じました。
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| 不登校 | 11:54 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

暴力等について

「カラオケ行きたいんだけど??」
「誰と行くの?お金はどうするの?どこに行くの?宿題やったの?」
これを少し言い換えてみます。
◎「誰と行くのお母さんの知っている人??どのお店に行くの??近所に良いお店あるの??楽しそうね。お母さんも一緒に行こうかしら(笑)冗談よ、、」
◎「お金大丈夫なのあるの??どうしようか??お母さんは余りお金を渡すの不安なんだけどいくらぐらいかかるのか紙に書いて請求してくれる?そうすればお母さん安心なんだけどな。」

◎宿題やったのという言葉は「カラオケに行くなら宿題済ませてから行けばどう??」

あくまで僕ならこんな感じで会話するかなという私見です。
ここで大切にしているのは、笑いと気配り、心遣いです。
笑いは心を和ませ、気配り心くばりは相手の心を開いてもらうのに効果的だと僕は考えています。
子供に気配り、心くばり???と思われる方も多いと思いますが、子供に幸せになって欲しいと親御さんなら思うと思います。気配りとは相手に媚びることではなく相手をしっかり見て
なるべく子供が幸せの方向へ行くように支援することではないでしょうか??
心くばりはとても重要だと思っています。
相手を思い、振舞うことで相手は自分は愛されている信頼されていると感じるのではないでしょうか??
心くばりとは、相手を信頼している、愛しているという事が前提になっているように僕は思っています。

親子はすれ違いがおおいものです。
先日我が母の記という映画を見ました。
井上靖さんの自伝的小説の映画化ですが。
親は、台湾に渡るとき血が絶えるのを避けるために一番気が強い子供を祖母に預けました。
息子は、母が自分を捨てたと思いました。
それが長い時間をかけてお互いの本意が分かってくるというものです。
志賀直哉も親子の葛藤を描いています。
親子のすれ違いは永遠のテーマだと思います。
でも、お互いに相手の事を思いあっていてそれだからこそ、確執になってしまう。そんな矛盾も抱えていると思います。

北風と太陽というお話もあります。
道を歩いているコートをきた男性のコートを脱がせる競争を北風と太陽がするというものです。
北風はコートを脱がせるために、強い風を送ってコートを吹き飛ばそうとします。
太陽は、暖かく照らす事で相手の服を脱がそうとします。
どちらも自分の思い通りに人を動かしたいという意思を感じますが、どうせなら太陽の方が良いのではと思います。

世間話も重要だと思います。
思春期に入ると中々お話する機会が減るとおもいますが、お子さんの趣味のこと、自分の事、色々イミのない会話をたくさんしてみてください。
すごく重要なことだと僕は思います。
私見を長々と書かせていただきました。
もし不適切であれば、不掲載にしてください。

| miyasakatakuya | 2012/10/07 09:09 | URL | >> EDIT

Re: 暴力等について

コメントありがとう^^
そして、ブログでも、こちらをご紹介下さって、
本当にありがとうございました。

感謝です。

不登校の経験者としての言葉はとても貴重です。

>お子さんの趣味のこと、自分の事、色々イミのない会話をたくさんしてみてください。
すごく重要なことだと僕は思います。

ここはすごくうなずきながら読みました。
意味のないこと、役に立たないもの、子どもとの繋がりでは
すごく重要なことだと私も思っています。

意味のないことを笑い転げながら話せれば
どんなに親子が楽だろうと思います。

意味のあることだけが、本当に意味があるとは限らないものです。
無駄なことの積み重ねが、実はすごく大切だったりしますもの。

素敵な文章を書きつづって下さって、ありがとう^^

たくさんの親ごさんの参考になればいいと思っています。

お互いにがんばりましょう~♪

| りんりん | 2012/10/08 18:02 | URL |















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