アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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【不登校】不登校解決のために(3)~私が変わりたい~

◆「私が変わりたい」と


★「私が変わらなくてはいけないんでしょ!」


上の二つの言葉のニュアンスの違いを感じてください。



どちらが、自立的思考でしょうか。

被害者意識、しぶしぶ感、やらされ感があるのはどちらでしょう。



子どもが不登校になった時、親は自分が講演会に足を運んだり

本を読んだり、ネットで交流したりして

次第に親自身の生き方の問題が、子どもと不登校と関係していることを

ぼんやりと分かり始めます。

しかし、長年の自分の生き方の癖を本当は崩したくない。

今までの私の人生は、一体なんだったのだと

被害者意識の強さから、

「変わらなくちゃいけないんでしょ!」と表現されるのではないかと感じます。

その気持ちもすごくわかります。。。


不登校の家庭は多かれ少なかれ潜在的な被害者意識の比重が大きいので

渋々状態になるのも分かります。

(私もそうでした)

強制的に山を登らされている感覚もあるのだろうと思います。

しかし、潜在的被害者意識を気づき、認め、修正していく作業は

家庭の機能を回復させるには、必要不可欠なことなのです。


また、自分は崖の下にいて、登っていく人を見て

「そうやって登るのね~」と

頭でわかっても、一時の知識としてだけで終わってしまい

自分は一歩も動いていない状態が多発している気がしています。

そうなると、

何か事が起こるたびに、あたふたして、

根本的に何も解決されることなく、ぐるぐる状態が続きます。

多くの1回~数回の相談で終わってしまうカウンセリングも

その瞬間は、わかったつもりで心地よくなり

問題は一旦解決されたに見えます。

しかし、次に何か起こると同じところで行き詰まり

根本は何も解決されていないということが

あからさまになったりします。


付け焼刃では、不登校から、引きこもり、あるいは、

社会に出てからの子どもたちの精神的苦しみは、

解決されないのではないかと思っています。


実際、ACの回復は、5~10年単位と私は思っています。

それでも5年なら、かなり早いほうだと思います。

が、10年カウンセリングに通っても、回復する保証もないと思います。

それほど、子どもも待ってくれません・・・

待っている子どもがいることを思えば

悠長なことを言っておられないのが現実です。

もし、自分が子どもの立場だったら・・・

変われるなら、親が一刻も早く変わってくれるにこしたことはないと

考えると思うのですが、いかがでしょう。

しかし、回復というものは

知識だけではどうしても出来ない部分があります。

実際に、自分の手と足と体を使って登ってみないと

崖を登るという感覚も体力も身につくことはありません。

崖を登る大変さ、苦しさをもがきながら

自分で感情の痛みを体験してはじめて、

心を閉じた子どもの心に触れることができるのではないかと感じるのです。

受け身でカウンセリングに漫然と通い続けても根本回復は難しい。。。

この部分だけは、カウンセラーに心の熟知、許容量が必要とされるところだと感じます。



自分の中にあるのは、「させられ感」なのか「しているつもり」なのかを

確認する1つの方法として

「もし・・・子どもが不登校にならなければ、こんな思い悩む必要はなかったのに」

「子どもが学校に通ってくれさえすればいい」と

昔を懐かしむ思考や、相手の状態に気を取られている思考があれば

「つもり」かもしれません。

これはまだ、崖の下にいる状態ですね。


もし、「よし、自分が変わろう」と決意して、

崖に登り始めたら当初は、自分が何をやっていて、

どの方向に登っているのか、よくわからない状態があります。

それでも、心の羅針盤だけは上を示している。

がむしゃらに登ろうとする。

体はきつい、心もめげそうになる。

そんな時もあるでしょう。

そんな時、ナビゲーターや、先に登っていった人のロープをたよりに

愚直に登り続けることが大事だと感じます。


そして、ある時、ふと体が軽くなっていることを感じる時がきます。

振り返ってみたら、

「ああ、こんなに登ったんだ。そうだったんだ。そうなのか~」と

理論と心が一致し、

自分が、がむしゃらにやってきたことの意味とロープの意味が

分かる時がくるのですね。


ひとつひとつの意味が、面白いように、つながってくる。

同時に、こっけいな姿で登ってきた自分の姿も見えます。

しかし、がむしゃらでこっけいな自分も、愛おしく思えてきます。


回復は、ここまででいいと思ってもいいと思いますし

ここから先も登って行きたいと思ってもいいと思います。

その人の選択ですね。

途中で、休んでもいいし

回り道を選んでもいい。

しかし、羅針盤を手放さないでおいて欲しいと思います。



羅針盤は「私が、変わりたい」を指していること。

これまでの思考を手放すということですから

かなりな抵抗が心に湧きあがります。
(怒りや憎しみ、八つ当たりとして出る事が多いです)

きっと、この抵抗に打ち勝つことが、崖を登る、登らないの

分岐点になるのでしょう。

「変わらなくちゃいけないんでしょ」という選択も自分で選択していることになります。


誰もあなたに選ばせていません。

あなたは、どんな選択をしてもいいのです。

ただし、自分の選択の責任は、

選んだ自分自身にあることを知っておいてください。



選ぶのは、自分そう思うのですよ。



関連記事

| 不登校 | 12:54 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

どんなに多くの知識より ひとつの体験、体験的理解ですね。
考え方の癖  わかったつもりでも いろいろなストローク
ふとした 瞬間にでてしまいます 
パートですが 平日は仕事があり 日々の生活に追われ ブログなどは していません。 人のブログの読み逃げが精いっぱいです(^_^;)

高校時代に マザーテレサが 近くの施設に来たことがありました 握手をしてもらいました  あの手の温もりは忘れることができません

| パグ母 | 2012/09/23 21:15 | URL |

Re: タイトルなし

>どんなに多くの知識より ひとつの体験、体験的理解ですね。

そうだと思います^^
頭で分かる事と、身体で分かることは違いますものね。

ブログ、されてないのですね。お忙しいのですか^^;
残念~。

前記事の設問、マザーテレサの言葉だと知っておられたのでしょうか。
マザーにお会いされたことがあるのですねw( ̄▽ ̄;)
私、そんな事とは、とんと縁がない(ノω・、) ウゥ・・・
よかったですね~^^

| りんりん→パグ母さんへ | 2012/09/24 21:12 | URL |

はじめまして

はじめまして。
中1不登校娘を持つ母です。


今ようやく、変わりたいと思える段階にきたところです。
不恰好でも、どこまで山登りができるのか
努力したいと思っております。


タイムリーなブログに感動しました!
ありがとうございます。


| warrior | 2012/09/26 18:17 | URL |

Re: はじめまして

warriorさんへ

はじめまして。
お名前、なんて読むのか分からなくて(;´▽`A`
(うぉりあーさん??かな?すみません、英語分からなくって(TT))

ブログ訪問して下さってありがとうございますm(__)m
アメーバの読者登録させてもらいました。

娘さんの不登校、大変でしたね・・・
「まさか、うちの子が~~」という気持ち
私もそうだったので、よく分かります
「私が変わろう」いうwarriorさんの気持ちが
ブログからガンガン伝わってくるようでした。

参考になる記事を(ノω`*)あちこち置いていますので
読んで下さったら嬉しいです^^

| りんりん→warrior | 2012/09/27 01:19 | URL |















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