アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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【アダルトチルドレン・子育て】執着を考えてみようか


①執着・・・手放したくないもの

②愛着・・・大切にしたいもの


大まかに表現するとしたら、こんな感じでしょうか。

①には、色々なパターンがあります。
「分からせたい」
「しらしめたい」
「閉じ込めたい」
「思う通りに動いて欲しい」
「受け入れて欲しい」
「相手に自分が正しいことを証明したい」

などの欲求が、肥大してしまって
自分が欲求に縛られて、苦しいと感じると、
たぶんそれは「執着」と言えるのではないでしょうか。


私はこんなに我慢して家庭を切り盛りしているのに!と
思っている人が発するお茶碗の片づけ方は、
他人から見ると、恐らく怒っているように見えるかもしれません。

夫や家族は、「またか・・・」と思い、触らぬ神にたたり無し・・・で
知らぬふりを通してスポーツニュースを見続け子どもならゲームを続けるでしょう。

そこで、「こんちきしょう」という怒りがはっきり意識に上がってきます。
「私は、こんなに苦労しているのに、あなたたちはいいわね」と言わんばかりに
今度は、掃除機を持ち出して、ガンガンとかけ始めます。

「邪魔!」とありありな嫌がらせと共に「私は我慢している」を打ち出してきます。

ある意味、執着とは、「自分がいかに間違っていないか」を
相手にしらしめるための、隠された自己顕示欲でもあるのかもしれません。

多分、恋愛や人間関係の執着も同じかと感じます。

「私は、あなたに○○なことを感じているのを分からせたい」
「ありがとうと言わせたい」
「大変そうだねと言わせたい」

このような人間関係は、概ね相手を疲れさせてしまいます。
不登校の親と子の関係に、よく見られる状態ではないでしょうか。


これは、依存とは別なものですね。

生まれたばかりの赤ちゃんが、母親に対して感じる本能的なもの
「失いたくないもの」「この人を失ったら生きていけない」
が、依存の状態であると感じます。
もしかしたら、赤ちゃんが持つ本能的依存は
愛情の前段階である状態ではないだろうかと感じます。

本能的に「失いたいくない」と感じることが依存であるならば
子どもの心の発達段階において、
依存から次第に愛着・愛情「大切にしたいもの」として根付き、
やがて自立へと進んでいくのだろうと思うのです。

もし、執着が自己顕示欲の一種ではないかと仮定すると
依存と執着は混同されやすい部分ですが、
分けて考えた方が良さそうな気がします。

ただし、大人の場合の依存は、
欠けた自分を補いたい本能が依存の状態なのだということを
自分で意識しておく必要がありそうですね。


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