アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

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【アダルトチルドレン】料理AC

あなここは、不登校相談サイトなのですが、

不登校やひきこもりなどには、お母さんのAC度合いが、

かなり家族に影を落としていると感じる昨今です。

子どもを回復させるには、まずは、お母さんの捻じれを修正することが

先だと感じています。

ということで、不登校、ACと区分けすることなく、

家族関係や対人関係、子育てなど、

生きづらさを抱えた方の相談をお受けしています。

そんなこんなで、段々、AC関連の記事が多くなってきてます^^;


今日の話題です。


クライエントさんは、ご存知ですが


私は、料理音痴、味音痴です。

音痴の域は飛び越えて・・・障害に近いかもしれません。

私的には、「料理AC」と自分のことを呼んでいます。


最近では、訓練のたまもので、

味覚障害は、かなり回復してきましたヾ(≧▽≦)ノ

大人になっても、年食っても、

どうにかしたいと思ったら、

克服しようとしたら、出来るんだということを

お伝えしたいと思って

今日の記事になりました。


なぜ、私が味音痴になったのかは、こちらからどうぞ→《ニュアンスが分からない》


で、ここ数年、料理に関して色々体験したり、作ったり、聞いたり

やってきたわけですが・・・


とある日に、カレーを作りながら考えていたのです。

先に玉ねぎだけを炒めておくと

香ばしくなる、甘味が出る、味がしまる、かさばりが減る、などあります。

肉を炒めるのは、肉のうまみを素材に閉じ込める役割があること。

ルーを入れる前に、時間をかけてじっくりと煮込むと

素材どうしが主張しなくなり、

融合することで、トゲがなくなる。


何度も失敗を繰り返しながら、プロセスの意味を
(失敗といっても、市販のルーで作るカレー自体を
 どう失敗するんだと思われるかもしれませんが、
 最初は、子どもたちが、がっついて食べるか食べないかで
 判断していました)

こうして、理解、納得してきたことでした^^;



意味やプロセスというものは、

聞いただけでは、頭で分かってるだけの状態なので

なかなか、脳が行動化の指令を出しません。

なじみの行動の方を、脳は選択しようとします。

人間の脳の仕組み的に、聞いただけでは行動変容は起こりません。


人は、心に落ちたことしか行動化しないので、

これは、何度も体験していくしかないことだと感じます。
(話す、書く、伝える、やってみる)



ACに例えると、

カレーを作るということが、ひとつの方向性だとします。

私の場合、

カレーというものが美味しいのかよく分からないところから

出発しているので、

まずは、外食してカレーをあちこちで食べてみました。
(いくら自分で作っても、枠が狭いので広がりませんし
 本を見ても、香りや味までは分かりませんね(T-T ))

*いろんな人と接していく過程と似ています。

そして、自分で作ってみる。

この繰り返し・・・無意味な感じもしましたが

違いがわかりたいと熱中していきました。

当然ながら、三日坊主になりやすい、途中放棄しやすいのも

人間というものです。

何かを始めようとして、三日坊主になる理由は、

そこに、仲間や人がいないから、そうなりやすいのではないかと感じます。

人と接すると、励ます、励まされる、支える、支えられる、

刺激を受ける、焦る、比較というものが生じますね。

プラスの部分もマイナスの部分もありますが、

連帯感や共感や「見てくれてる感覚」が人を外に押し出していくのではないかと感じます。



私も、正確に言えば「わかりたい」と思ってやっていたわけではなく

後ろから押しだす人の存在がありました。

「悔しかったら、やってみろ」という生暖かいまなざしの人の存在がいまして、

「やらされ感」でなくて、どちらかというと「むきっ」という思いで

突き動かされていた時期もありました(笑)

それも、また信頼の形なのだろうと思います。


この工程はACの回復と一致するところが多いと感じます。

①味の違いを感じることからのスタート。
(違和感を感じる練習)

そして、

②どのカレーが美味しいと感じるのか
美味しいとまずいの基準を明確にしていく。
(好きか嫌いかの決定を自分でする)
    ↑
これは、間違っててもいいし
後に変化してもOKです。

③自分の好みと、家族の好みのすり合わせ。
(他者と一致するところを探す)


④もう一回、食べたい!
(もっと一致したい、この人と話したいという本能的欲求の発露)


⑤もっと美味しいものを食べたい
(アンテナが広がる・自分の枠が広がる)


こうしていくうちに、

幼い頃から、自分が勝手に解釈していた、

カレーに対する狭いイメージが、天と地ほどに変わっていきました。

そのイメージが変わる途中に、自然と癖を修正したり

ねじれを修正していくことが

行われていくのだろうと感じます。



料理とACの回復の関係は、

AC回復のプロセスとそっくりな気がしています。


反対に、料理が得意な方ならば、

それが、自分の一方的解釈によって、おしつけになっていないかの点検が

必要かもしれません。

いずれにせよ、変わろうとする時、

人の存在は大切だと感じるのです。


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