アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

・°☆”Core Rebirth あなここ”オフィシャルブログ☆.。アダルトチルドレン(毒親・機能不全家庭・コミュニケーション不全・喪失感・依存症)から失った自分を取り戻すブログ

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子供のパニックに巻き込まれない【ACと子育てと】

つい先日のことです

大学4年になる息子が夏休み帰省していました。

息子が帰省すると、

とにかく、食費やらガス代や水道代、電気代が軒並み跳ね上がる(笑

ケチって言ってるわけではなく、事実なんで^^;


と、それはさておき、

大学に戻るという最後の日に、

やっと、家族全員の日程をそろえて、焼き肉を豪華に食べにいこうと

なっていました。

子どもも大きくなると、なかなか全員そろうっていうのがなくなるのが普通なんですが^^;



んで・・・当日その時間前

帰宅準備を済ませた・・・はずの息子がパニックしている


「通帳がない!!!」

なんの通帳なのか、説明を聞いてもさっぱりわからない

息子は、探しても探しても、どこにもない「通帳」に、頭が混乱している状態

しばらく、一緒に探しながら、どんな通帳?かを説明してもらったが

要領を得ない・・・(^▽^;)

私が、さっぱりイメージができないのです

段々、こちらも混乱してきて、いらっとしてきたのを感じてきて

*まあ、お決まりのアレ=( ・_・;)⇒ アレですね

「ちゃんと、管理しとかないから」
「どうして、もっと早く気づかないの」
「きちんと片づけておかないから」
「こんな時に迷惑かけて」
という、大魔王の責め責め

あはは(^^;)
これで、昔はよく子供を責めたもんで(滝汗;

娘は、この雰囲気に怯え、イラついている→息子に威嚇モード

息子は、両方からの威嚇に、パニックのフラバ起こしている

実は、これは昔の幻影におびえている子供たち

昔であれば、息子が悪者になり、

娘は、私の片棒を担いで、余計配列を強める

このパターン、なじみの感覚

私はそこに入っている子供たちをよく観察できた

昔と違って、私には時間の配列も、息子を責めるというフラバも、

娘を共犯者にするというルートはなくなっている


全体の状況を感じて、

さて、このパニック状況をどう打開するか・・・・



「とりあえず、焼き肉食って、それから考えよう~」


息子は、「ええ~っ」と疑い深く反応していた。

「いいよ、2人で行ってきて」

しょんぼりと自虐パターン

パニックから焼き肉に行く気分でもなくなってきているのは、よ~くわかる

が、ここが自力のつけどころと、昔のパターンから抜け出すチャンスでもある


「まあね、気分でないのは、よくわかる。

けど、お腹すいた状態で、パニックおこしてもなんも浮かばんよ。

食うものたべて、それから一緒に、記憶をさかのぼったらええよ」

「なかったら、なかったでいいから」


んで、しぶしぶで不穏な空気の子供たちをつれて、焼き肉いきました。


息子さん、あまり食欲なさそうに・・・

まあ、とりあえずたべなされと 笑

ほどよく、食べて落ち着いた頃

「さ、ゆっくりさがのぼってみようか」と

息子の記憶を、ひとつひとつたどる

息子は、飲食店に入っているので、パニックは広がることなく

維持している状態

ビッグバンしている状態では、怯えとフラバでなにもかもが覆い尽くされているので

とりあえず、この状態は脱したというところ。


ひとつひとつ時系列で欠けたところを、じっくり質問していく

まず、形状のイメージ化

それを一致させる


なるほど・・・やっと、聞きこみして、深い緑色布地の通帳入れだということがわかった


何が入っていたの?

それを最終に使用したのはいつ?

スマホのカレンダーを見ながら、さかのぼる息子。

そして、あの時は、手に持ってた

そして、どうした、こうした

以下略・・・

その時は、言葉の中に言い訳はなくなり、記憶の事実だけを集中しておいはじめた息子



あっ


出てきた


車のシートの下に置いた~


記憶がよみがえる瞬間


おぼろな無意識の行動が、意識化され

イメージ化されていく


それ、決定~


ということで、

「あ~、わかったら食欲でてきた。食べ物の味がする!!」

と、再度もりもり食べ始めた。

元気がみなぎってくるのがわかる。


悲しい過去からひとつ解き放たれた



頑張っておいで


そういって、駅で別れた

「うん」と手をふって、笑いながら元気に出かけていく息子


がんばれ

心で再度エールを送る



与えたハンディは、大きい

奪ったのは私

娘も息子も、傷ついた

失ったものを取り戻す作業は、地道で長い・・・・


覚えている人がいること

一緒に、探してくれる人がいること

その連続で、子どもは少しずつ自力を取り戻す



無かったことにはしない



| 不登校とAC | 11:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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夏休み後半の子供の葛藤を知る

長期に引きこもっている子供さんが、

かすかに自分の部屋からリビングに出てきたとき

今までと同じ対応をするべきではないと感じます

より一層の微細な感覚でもって

子供さんへの言葉かけや(怯えや卑屈なしに)

本気の励まし(子供だけ動かそうとしても通じません)

より一層の繊細さが望まれます。

繊細さといっても

「腫れ物に触るように」
ということとは、全く違います。


しかし養育者が、ノウハウ法で対応しようと今までと同じ対応をしていては

子供さんは、またもや元の木阿弥となる場合もかなり多いと感じます。

根本に、ただ動き出すのを、
「待ってる」だけでは何も変わりません

それは、子供が変わってくれるとを打つ手もなく待ってる状態です。

子供と親御さんの関係では
それはこれまでも何度となく繰り返されてきたことだろうと思います。


今までの養育者側のやり方が不備であったから
子供たちは、引きこもってしまったことを忘れてはならないと思います。

子供たちが、一歩を踏み出すとき

親もまた、自分の臆病さや
傲慢さ、無神経さ、を見つめ

そして、自分には、
何があって、何が欠損していたのかを
勇気をもって過去と現在を検証する必要があると思うのです。

その向き合い方で、
子供への対応は自然と変化していきます。

子供さんの不登校、引きこもり、
自分のアダルトチルドレンの回復に必要なのは、

事実を認めていく、という作業の連続だと感じます。

事実を認める、ということは
実は超難しいことなのです。

1日の講演会や、1回のセラピーで解決できるほど
生易しいものではないことは確かです。

子供さんも、今まで
やったことのない一歩を踏み出すとき、
やはり同じように苦悩しながら動き出します。

今まで部屋の中で守られていたのですから
そこから一歩を踏み出すことは
相当の勇気、苦しみ、怯えと戦っていると思ってください。

その時、親側が、自分の親としての不備のために
子供をひきこもりにしてしまった事実から目をそらすか、

それとも子供と共に自らを
変化させようと
子供たちと共にもがきながら
子供の苦悩を受け止め、
押し出し、根気強く寄り添うことができるかということに
尽きるのではないかと思うのです。

夏休みもそろそろ終盤に入りました。

不登校、引きこもりの子供たちの心がざわつき始める頃です。

子供がもがいているのなら、←親にはそう見えないかもしれません(この感じられないことに多くの問題が含まれているのですが)
少なくとも身近な養育者も子供とともに、子供の葛藤を感じられる感性を持ちたいものです。

感性と書きましたが、
これは、親側の勝手な「妄想、卑屈になる、我慢する、不安、恐怖」を押し付けるという意味の言葉ではありません。

あくまで、主体は子供の「感じる」です。

この辺は、本の中に詳しく書いてありますので、
ご一読くださればいいかと思います。

| 不登校 | 09:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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楽天ブックス不登校部門売り上げランキング1位



現在、不登校部門の売り上げランキング1位になってます。


び、びっくり(゚O゚)

買ってくださった方々、
本当にありがとう~♪

記念に画像はりつけておきます。

発刊して一カ月あまり
じわじわと読者さまのお手元に届いてる感覚はあったのですが
こうして実際の数字で見ると
時代が求めている本であることを感じます。

これからも、本を通して、ご縁が広がりますよう
みなさまとの出会いを紡いでくれるよう
心から願っています

もし、よろしかったら
本のレビューをお待ちしています^^

読者様と私たちを繋ぐものがレビューであったり
ブログのコメントであったりします。
それが、私たちの力になります^^

そして、本制作に携わって下さったたくさんの方々への感謝をこめて
ありがとう^^

| あなここ便り | 18:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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癒やしって何だろう~スピリチュアルの功罪

毎日暑いですね(^。^;)

今日は大層な題名に挑戦してみました

たぶん、私が今よりずっと若かった頃に流行した
癒やしっていうのは、
ぱっ と気分が明るくなって人生バラ色に即なれる

まるで、即身成仏みたいな(使い方間違ってるかも?)ものが、癒やしだと思われていました。

それで、癒されなかった人たちは、また苦しむことになり、
また新たな癒やしを求め続けるという、無限ループにはまっていったものでした。

癒やし、というものは
ほんとの感情を感じることを恐れない状態で
自然に生じてくるものだと
私は思います。

苦しいね、悲しいね、辛いね、さびしいね
うれしいね、やったね、やっほー、
ムカつくね~、腹がたつね~

などの多種多様の感情たちを封じ込め、置き去りにしたままで
癒やしは起こらない

気のせいなら起こるかもしれません

一時期、この癒やしという言葉が、大好きで、癒やしを求めてさ迷ってきた時期がありましたが
ある時から大嫌いになるほど
「ふざけんな~なんも良いことない~」と、嫌悪していた時期もありました

極端から極端へ向かうのが
ACのサガというものなので

言葉には罪はありません

使い方が間違ってたと、今は思います

癒やしをくれくれって、そういう幻みたいなものを誰よりも装備装着してみたかったんですが(^_^;)

癒やしとは、誰かから貰うものてはなくて

感情を感じて(結構苦しい)
もだえながら、感じ尽くした後に
ふっと、感じるものが見つかる時

そうか、
私は苦しかったんだ
怒ってたんだ
悲しかったんだ
泣きたくてしょうがなかったんだ

そんな本当の感情が、湧き出て
当時の感情を感じ尽くした時

そのときの自分がとても愛おしくなる瞬間があります。

産みの苦しみみたいなものです。

もしかしたらそれが癒やしなのではないかなと思ったりします

自分で一度体験したことは、
自分の中で、回路ができてきます

現在、自分がうまくいってないと感じる事柄は、案外と
昔、置き去りにして抑圧された気持ちが、ひとつのきっかけとなり、相手のことば、たいど、顔色で
ぶわっと、湧き出てきてしまうのかもしれないと感じます

その時が、感情解放及び癒やしの回路を作るチャンスかもしれません

一回やれたから、次もうまくいくとは限りません

何度も試行錯誤して最良の回路を見つけ出す

そんなお手伝いを、私たちはやっていますが

でも、誰がやってくれるってものではありません

本人がやらなければならない
本人の問題です

癒やしって、一般的に考えられている、ただ優しくて
包み込む
そういうときもまた必要でしょう
骨休みも必要だね(*^_^*)

だけど、骨休みし過ぎたら
体が忘れてしまうっていうのもあったり(^_^;)
加減が難しいところです

どちらにしても
自分で痛みを引き受ける自力なしには、癒やしには行き着かないのではないかと思うのです。

それを手助けしてくれたのが
私の場合は「書く」という作業でした。

書くことは、吐き出すこと

おしゃべり好きには、
レコーダーもいいかと思います

そして、読み返す、聞いてみる

それもまた、ひとつの自力になると思います。

癒やしは、突然に偶然に降ってきたり湧いてきたり、やってこないのです

それだけは、真実です

| AC | 16:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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| あなここ便り | 22:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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