アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

・°☆”Core Rebirth あなここ”オフィシャルブログ☆.。アダルトチルドレン(毒親・機能不全家庭・コミュニケーション不全・喪失感・依存症)から失った自分を取り戻すブログ

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幻を求めて

26、27日、28日と帰省しました。7年ぶりの帰省でした。


母の手術が7時間かけて行われました。

何度も経験したはずの待合室での待ち時間の長さ。

術後のICUで、気丈だった母が、老いて酸素マスクを付けて横たわっていた。


実家では父親の気弱な涙を見た。



一度捨てたはずの幻が、もう一度、蘇ってきた。


家族、4人が仲よく笑いあっている風景。

家族が仲よくする方法を探し続けてきた、長い旅路。。。

でも、やっとの思いで 右手に修めた魔法は、

同時に、探し続けてきた幻を諦めなければならないという

残酷な現実が左手にある。

残念ながら、

幼い頃の幻を変える力を持った私は、必要とされていない事を思い知る。

実家で求められるのは、いまだに何の力も持たない、

無力な子どもとして居続けねばならない現実。

その残酷な証拠もそこらじゅうに散らばっていた。

それが現実だった。


そのことを分かっていつつ、昔の幻に一瞬シフトした。



長い長い夢をみたよ。

4人で笑いあって仲よく暮らしたい・・・

たったそれだけの 遠い昔・・・幼子が見た夢。


ずっと真実を求め続けてきた人生の衝動の謎が解き明かされた帰省でした。

今だから、わかること。

今だから、受け止められること。

人生は、絶妙のタイミングで 仕組まれているのだろう。


今、たった1つの幼子の夢が、次から次へと、あらゆるところに

正確にピースが繋がっていってることを感じています。

まだ、これは現在進行形で、今も続いています。

どこまで、広がるのか さっぱりわかりませんが、



こんな落ちだったとは・・・と、しばし呆然とする事でした。



いつか、誰かに私の経験を伝えられたらと

そんなことを思っています。


(余談1)
FF10(ゲームの話ね)が好きなのは、
「幼子の夢」がキ―ワードだったのだろうと感じます。
私は、無意識ではちゃんと分かっていたのだろうと思ったりもします。


(余談2)
お陰さまで、母は予後も良く、立てるまでに回復し
もうすぐICUを出られるそうです<(_ _)>
その節は、お見舞いメール等、気にかけて下さってありがとうでした。
心から感謝します。


| 日々のこと | 10:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【ご連絡】8月の予約受付ます

梅雨があけて、九州は暑さが増してきました。

皆様、体調崩されないようにしてくださいね。


8月の受付を始めます。

本日から27日の間

ホットメールにて、送付ください。

28~30日の間にシフトを作成して31日に送付致します。

なお、個人的事情により 26日、27日は、不在です。

プチセッションは出来ませんので、ご了承ください。

また、28日~31日も、月末業務のためにプチはお休みします。

もやもやがある方は、お早めに声をかけてください。


*可能ならば、あなここからの連絡等を携帯から受け取りやすくするために

ツイッタ―利用おすすめします。

ツイッターの携帯での受け取り方、参加方法、時間設定方法は、

先輩方に教えてもらってくださいね。

仲間同士のつぶやきにも使って頂けたらいいと思います。

短文で、自分の今を伝える練習になります。

今後、ツイッタ―では、公式RTと、こちらからの業務連絡のみにします。

返信はしませんのでよろしくお願い致します。<(_ _)>


ツイッタ―ID:hiiragirinrin



| あなここ便り | 13:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【不登校】不登校の子どもさんを持つ親のケア

不登校の子供さんを持つお母さん方とお話をしていくと

次第に不登校の問題よりも親側の癒されない心の傷が

クローズアップされてきます。

親の側の癒されていない心の傷が、

親が子どもに対して日ごろから行っている言葉、態度、表情などに

影響を及ぼすことで、親子のコミュニケーションのズレを

起こしているのではないか・・・そんなことを感じます。


私の子どもが不登校になったのは、もう7年前になります。

月日のたつのは、早いものですね。

7年前は、ネットやブログも、今ほど普及しておらず

情報収集に、やっきだったことを思い出します。

たった7年前のことであるのに、

このネットコミュニケーションの環境の違いは、すごいと改めて感じます。


今や、不登校に関する情報量がすごいですね。

気軽に、不登校のことを書ける環境、

ネットでのつながりが形成できることは良くもあり、悪くもあり。

良い点としては、地域では孤独になりがちな親ごさんたちが

ネットの中では、同じ悩みを共有できるという点でしょうか。


反対に、悪い点は、

情報の分派が起こっている気がします。

たとえば、「小児うつ」なら、小児うつのネットワーク。

「起立性」なら起立性のネットワーク。

あるいは、「発達関係」なら、そのネットワーク。

「睡眠障害」「IBS」などもそうかもしれません。

そして、それぞれの主義主張で、お互いに相入れない感じを受けます。

情報が広がっているようで、意外と狭義の中の情報しか入れない、

そんな感じがするのです。


不登校は、家族全体のトータルなものとして考えていく方が、

全体像が見えやすく、問題点も見つけやすい感じがしますが、

このやり方であれば、じっくりと親が自分と取り組まなければならない難点があります。


対して、狭義のシステムの中であれば、

この方法、こういうやり方、治療、薬、あるいは、理論など、

割に手軽にまとまったが情報情報交換の中で手に入ります。


私自身も、私の子どもが不登校になった頃、

「小児うつ病」「起立性調節障害」という大義の診断名があったこともあり

小児うつ、起立性関連のネットワークにどっぷりとはまりました。

理論的なものも、暗記できるほど読んだと思います。

(今はすっかり忘れてしまいました・・・^^;)

しかし・・・


「おうちでゆっくり過ごさせてください」という方法論を手に入れたとして

どのくらいゆっくりなのか、感覚的にさっぱり分からない。

その上、ちょっと元気にゲームなどをし始めたら

学校へ行きなさいという空気を、ガンガン醸し出す。

自分の衝動が止められない、やめられない。

あげく「学校へ行ってみる?」と声かけして、

その夜、子どもが落ち込んで、リストカットする・・・

慌てて、「行かないでいいよ~」と言いなおす。

あげて、落として、子どもをがっかりさせてしまう。

一体、私は、どうすりゃいいんだ??という焦りの状態。


ある所では、「子どもさんを見守ってください」と言われる。

見守り方がわからない。

見守るって、何? じ~~っと見てることなの?

それとも、逐一、行動を監視していることなの?

はたまた、ほっといておくことなのだろうか?

見守るという感覚が、見守られた経験がないので分からない。


「病院へ連れていきなさい」と言われ

病院ジプシー・・・

あっちの小児精神科が良いと聞けば、下調べし

こっちがいいと聞けば、連れていく。

入院までさせてしまい、薬もどんどん増えて5種類以上。

私「いつ治るんですか?」

(子どもを治すという主観的感覚しか分からない)

先生「もう、学校へ行ける状態ですけど」

先生、子どもの方を向いて、「行けるのだから、行きなさい」

ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

私「朝、起きれないんですけど」

先生「早く寝て、早く起きるように」


そんなことは、分かってます・・・先生・・・

出来ないから困っているんです。。。


という感じで

子どもの外側や形、事象、起こる表面ばかりを修正、

治療しようとしていた時期の約1年間。

少しも、自分の内面に目を向けることが出来なくて

自分の主観的な感覚(病院で治す)が主観的であることさえ分からず、

自分の生き方を修正しようとする感覚が分からなかったのでした。




このように、「情報」というものは、

感覚が主体で、方法や理論はおまけのようなものだ感じ始めたのは

子どもが不登校になって3年目くらいからでした。


今は、親の感情が動くことで自由な感覚を取り戻すことがとても大切だと感じます。

親が自由な感覚を手に入れると同時に、偏った思考を幅広くしていく

フラットで、楽な感覚ですね。

更に、親が楽になれば、子どもも自由になり、自分の意思を取り戻していく

ごくシンプルで簡単な仕組みは、次の世代の子どもたちにも

親たちが、感覚として伝えることができると感じています。

そうすれば、今の子どもたちが、また誰かに伝えていくことができる。

そんな夢のようなことを思ったりします。


しかし、不自由な思考を当たり前のように何十年もやってきてるので

不自由な状態が普通の状態であることを疑わない。

客観的にみたら、「そりゃ、きついだろう」ということも

平気で我慢できていたりするんですね。


不自由なことが当たり前の状態で、家庭で子どもにとって理不尽な不自由さを

子どもに押しつけているのは、割に不登校家庭でよく見られる気がします。

経験上、心のフラットな感覚を、理論だけで取り戻すというのは、

至難の業だと思います。


「自分を大切にしましょう」という標語がありますが

これもまた、大切にされた経験が記憶の底に埋もれてわからない。

大切にするということと、甘えるということと、わがままということが

分別されていない状態もよくあることです。


では、何が人を変えるのか・・・

何が、親側の癒されない心の傷を回復に導いていくのだろうか?

同時に子どもたちの心を生き生きとさせるものは、何なのだろう?


次は、このことを書いてみたいと思います。


| 不登校とAC | 23:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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私ごと

昨年から、義母の病気、葬儀、そしてまた主人の病気と続いて

今度は、実母のガンが発覚しまして

今月手術することになりました。


早期の発見であったようで、手術可能であったことは幸いでした。

父も母も高齢になってきているので

何があっても不思議ではない年齢です。


母との電話のやりとりも増えましたが、

母のことを自然に受け入れている私がいます。

「行かなくては!」「あたふた」ではなく

「そばについていてあげたい」

と静かに感じています。


必要以上に心配でもなく、以下でもなく

「こうしなくては」という思考もなく、ごく穏やかです。


しばらく、ぽつぽつと、遠い実家通いが始まりますが

一番の懸念は・・・実家に同居している妹と甥っ子です。

妹はうつ病激情型ACなので、なんらかの摩擦は必ず起こるだろうと

予測しています。

ドラマティックな被害者意識のパニックを起こし

1人劇場ヒロインになるパターンが多いので、

密着した時間を作らないよう、長居は避けようと思っています。

これは、私自身の身を守るというより、

妹を守るためという部分が大きいと感じます。


機能不全の温床だった実家・・・私のACのルーツの場所を

今の視点でどう感じられるのか、確かめる時間となる気がします。

今だから、出来ることなのだと思います。



きっと、母もこんな日を待っていたのだろうと思います。



おかあさんに 会ってきます^^



*手術は来週になりますので、セッションの変更をお願いする方がいらっしゃると思います。
 後日、メール致します<(_ _)>

 クライエント様には、大変ご迷惑をおかけしますが、
 よろしくお願い致します。
 

| 未分類 | 19:27 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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今の生だけではなく、来世の課題

う~む、スピ系バリバリな言葉なんですが

(ニュアンスわかりますか~?)


ブログ徘徊していて、AC回復スピリチュアル系ブログで見た言葉です。


人の魂は、何度も生まれ変わり、輪廻を繰り返しながら

課題を少しずつクリアしていく、という意味なんですが

私は、来世に持ち越すより、

今、ここ で変わった方がいいんじゃないかと思うようになりました。


元スピ系バリバリの私が言うのもなんですが・・・(@゜Д゜@;)あらら・・・


今日、買い物途中で、ふと本の見出しが目に入りました。


「置かれた場所で咲きなさい」

グッときましたね。


私は、来世に行った人に会ったこともないし、

天使世界に行ったこともありませんし・・・

華々しい、過去世の確かな記憶もありません。


一般的な翻訳すれば

未来を不安に思い患わず、

キラキラした特別なものに、現実を逃さず

過去をくよくよと悔まない



ということでしょうか。


ただ、ひたすらに 今置かれた場所で

自分を活かし、私の場所で

朽ちていきたいと思っています。

それだけで、満足な気がしています。




梅雨のうっとおしさに負けて、久しぶりに、ストパーかけまして、

座敷わらしか、貞子か・・・になってしまった日の今日、

思ったことでした(;´д`)トホホ

| 日々のこと | 23:05 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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頑張る

頑張っても、頑張っても、先に進まない気がする。

頑張るってどういうこと?


そもそも、先に進みたいのだけれど、何かの抵抗が、ぎぎ~っとあるから

心の中で摩擦が起こるのよね。


ぎぎ~っと、音がするところを、無理に押そうとすると

我慢して頑張って、さらに我慢して頑張って、さらにさらに我慢して頑張っても

ああ~、どうにもならへん・・・と座り込んじゃう。

あげくに孤独感+我慢したことだけが残っちゃう。

その繰り返しではなかったでしょうか。。。


ここで改めて、考えてみる「頑張る」「頑張れ」



よくよく振り返ってみますと、

最近は「がんばる」という感覚が違ってきたように感じます。


もしかして、ほんとの頑張るって、楽しいことなんじゃないかとさえ思うのよ。

ぎぎ~っと抵抗している自分にも、優しい眼差しを向けている状態。


頑張ってる→耐えしのぶ


昔は、「がんばれ」と言われたら、

「これ以上、何を耐えればいいんだ!」とムカッとしていましたが(汗;



今の私の中の「頑張れ」には

人の励ましの気持ちを「ありがとう」と受け入れつつ、

相手を思い浮かべて、くすっと笑っている自分がいるような気がします。

楽しみを受け入れて、自分を緩和させることの大切さに改めて気づかされます。


「頑張れ」「頑張る」の感じ方のニュアンスは、

かなり、1人1人、違うのではないかなと感じます。

自分の感覚、チェックしてみたら、面白いかもです^^



| 日々のこと | 22:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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●ACの回復になぜ、記憶の回想が必要なのか

前回の記事で、「私」が主体の物語を語ることをお話ししました。

しかし、一般的な世間でそれなりに行きぬく自力を付けた人たちは

借り物の「私」を語り続けてきた長年の癖があります。

誰かの意見、本で読んだ意見、セミナーでかじった意見を

あたかも自分の意見のように思い込み、

それを隠れ蓑にして表面上、自分を語るように見せかけている場合もよく見られます。

隠れ蓑は、「本当の自分を隠したい」という思いから、自分自身で作ったものなので

これは、自分で脱がなければなりません。

しかし、あまりに日常化して、意識しても隠れ蓑を脱げないほど、

強固な壁が出来ている場合が多いのですね。

それは、成育歴からきている、自分が生きている世界は安全ではないという

認識が心にストッパーをかけている状態であると感じます。




しかし、自分の中の記憶は、誰の意見でもなく

自分自身の中にあります。

記憶はウソをつきません。

しかし、やはり長い年月の中で記憶を封印してきた過去。

それは、家族を守るため。

思い出すと守り続けてきた家族が崩壊してしまう事を無意識は知っているのだろうと感じます。


たとえば、私は夜更かしが好きと自分のことを思い込んでいたのですが、

実際に夜更かしが好きなのかというと、そうでもないんです。

寝静まった深夜に、じっと息を潜めて起きている状態。

悲しみに浸る時間。

そこが、私の逃げ場所でした。


昔、夜に夫婦喧嘩が発生し、夜中までもめていることも多く、

布団の中に潜って、泣きながら耐えていた時間がありました。

いつしか、布団に潜っていながら

自分が眠ったら、お母さんがいなくなってるかもしれない

お母さんが泣いているのに、私が眠るわけにはいかない

そういう恐怖と戦いながら、じっと起きて

騒動が静かになるのを待っていました。

一旦静まったかと思えば、また激しく再発する・・・

このビクビク感が結構きつかった気がします。

そして、明け方に眠りにつくのでした。

いつしか、夜は気配の監視と私の悲しみの場になっていきました。


この経験の積み重ねが、次第に「夜生活」へシフトさせていきました。

大きくなると、夜は夜で自由な時間であることも知り、

そちらの楽しみに気持ちがシフトしていき

「夜更かしが好き」というすり替えを起こしていきました。


やがて眠れない夜の記憶のルーツが分からないまま

大人になっていきました。


「夜更かしが好き」というルーツをたどっていくと

そこには、一人ぼっちで怯えている自分と対面しなければならない。

しかし、これまで強気と怒りで生きてきた私の中に

弱い自分を認めることは、どうしても出来ず

夜更かしが好きなの! で、貫き通してきました。

分かっちゃいるけど、認められない・・・


これが、私の頑固さでした。

自分への頑固さは、人に対する頑なさでもあります。

自分の弱気を拒否していれば

他者の弱気も否定したくなります。


「私は我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」

これが、私と子どもたち、あるいは、他者との人間関係の壁になっていました。

当然、子どもは、苦しくなります。


この状態は、私の「夜が好き」という記憶に歪みが起こっていますね。

歪みを修正する気もない、突っ張った状態です。


そこで、登場するのが・・・

暖かい回想。

子どものころ、嬉しかったこと、楽しかったこと

具体的に言えば、

祖母が買ってくれた渦巻き状のペロペロキャンディーを

手や顔中にべたつかせて、食べていた記憶。

風船ガムを膨らませて、割れて顔にべったり張り付いて

慌てて取るのに苦労している情景。

おじさんとお馬さんごっこをして無邪気に遊んだ情景。

友達に意地悪をして居心地の悪い情景。

近所のお姉さんたちと川を溯って、探検ごっこをした情景。


こうした記憶の中に埋もれている星の欠片を取り出し、

水道水で洗って1つ1つを、宝箱に詰めていく作業。


楽しい記憶を語ること。

心の中から取りだす作業。


宝箱に少しずつ、星の欠片が貯まってくると

心に緩和が起こってきます。

心が緩むと、長年自分の壁としていた、負のつっかえ棒も緩んでくる。


人は、自分が緩んだ分だけしか、記憶がよみがえらない。

そういうものだと思います。

しかし、抱える力のない記憶は心の深い場所に閉じ込めておくのでしょう。


心が緩むということは、今まで縮こまって萎縮していた袋が

伸びて大きくなるということだろうと思うのです。

ということは、自分の人生のエピソードを取り入れることが出来るほど

心が成長したと言い換えていいのではないかと思うのです。


心に余裕ができたら、借り物の自分である必要も感じなくなります。

少しずつ、他者と自分を受け入れる力を手に入れることができます。

劇的に変わることはありませんが・・・

確実に変化をしていきます。


「私」が「私の言葉」で「私の記憶」を語ること。

最初は、あいまいでもいいのです。

思い違いでもいいのです。

白黒写真のような情景でもいいのです。

語り続けることで、

色が付き、情景が動画になり、当時感じていた生き生きとした感情が戻ってきます。

その時、一緒に時間を過ごしてくれた人たちの存在も現れはじめます。

一緒に楽しかった、一緒に嬉しかった、

悲しかった、苦しかった、辛かった、寂しかった・・・


思い出した痛みよりも、現在の気持ちと過去が繋がる時、

自分のルーツが開かれ、感情が戻ってきたことに深く安堵するのです。

歪みのない感情が戻ってくると、

さらには自分を愛しむ視線も自分の中に形成されていきます。


記憶を取り戻しに行く事が、どれほど回復の手助けになるか、

遠回りのようで、最短の近道なのではないか思うのです。

不登校の子供たちも同じような工程をたどるのではないかと感じるのです。

| 不登校とAC | 12:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【AC・不登校】「私」の物語

心がざわついて安定していない時、

「あの人」のことが気になったり、「この人」の言葉が気になったり

そんな時、「私」という主体が消えてしまっていることが多いと感じます。


「私」という主体の中に、理不尽なものだけが

バラバラに、点在している状態ですね。

これを整理しないままに、人に伝えると

「訴え」になりやすい状態だと感じます。


「あの人が、この言葉(態度)に、むかついた!」

「理解してもらえなかった!」

と、むかついたのオンパレードになりますね。


「私」という語り手をぬかして、

「相手」を主軸に語ると、自分の中のバラバラの点は、

いつまでたっても、バラバラのまま。


自分の中に、「私」という意思を持ってはいけないという

幼い頃からの長い長い家庭環境での呪縛の歴史の中で、

「私」という意思は、いつの間にか、存在が薄くなっていったのでしょうね。


「私」を語れば、親の本当の姿が繋がってしまう。

その無意識の恐れも、自分自身のストーリーを「繋ぐ」ということを

させないのかもしれません。


恐れは、親を守り続けてきた証。

親を物語の主人公にすることで

自分自身の「私」「意思」「人生」をうやむやにしてしまう。

親が主人公の幻の配役。

無意識に、物語を「私」で語ることを避けようとします。


自分の経験を含めて、これはACの方の特徴ではないかと感じます。


「私」と言葉にする時、その呪縛から、一歩外に歩み出そうとする

「意思」が、かすかに働きます。

その連続性の積み重ねから、

「意思」を取り戻していくプロセスを経験していくのではないかと感じます。

そして、何度でも、「私」と「親」との物語を語ること。

語ることで、「私」という意思と、「親」という幻との

決別が始まるのではないかと感じます。

やがて、その物語は、語りだした最初のころのストーリーから

変わっていくことだろうと思います。


幻の「親」から、「私」という意思を取り戻す。

いつしか、「私の物語」の中の「親」は、主人公から、平民Aに、変わっていく。

「私」という座に、「親」という幻が座っていたことで

奪われたことによる悲しみが、空虚として心を占め続けた。

満たされない気持ちに感情をふさぎ、空虚を見ないようにしてきた人生・・・

奪われたことに対する、怒り・・・。

同時に、「私」を取り戻すことは、親を裏切ること。


両方の極に、いつも翻弄され続けてきたのだろうと感じます。


私の回復のプロセスには、

そんなことが、起こっていたのではないかと思うのです。


奪われた(と思いこんでいた)「私」(意思)を取り戻すこと・・・


決心して、


「私」を取り戻しにいこうと、決意をすること。


その決意が、新しい物語を作っていくのだと感じます。




| 不登校とAC | 13:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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【AC・不登校】切なさと愛おしさと

クライエントさんと向かい合う時、

不謹慎ながらも、クライエントさんの歩いてきたすさまじい過去の想いが

心に流れ込んでくる瞬間、胸がギュッと締め付けられる気持ちになるのです。


それだけではなく、そこに存在する相手を

心から愛おしく大切な存在に思えます。


それが、いつしか、伝わっていくのでしょうか。。。


必死で回復されようとする姿に

また、心を打たれます。


これは、依存とは違う種類のものだと思うのです。


人は、自分を大切に思ってくれる人たちがいて

大切に思われた経験が

自分を変えようとする原動力になるのだと思うのです。


「あなたのために頑張る」


これには、二種類の受け取り方があります。


「あなたに褒められたいから頑張る」

「あなたがいてくれるから、頑張れる」


期待に応えるというのなら、同じことだと思います。

しかし、主軸が違います。

前者は、主軸が他者にあります。

後者は、主軸が自分にあります。


心が傷ついた人は、誰しも、自分を大切にしてくれる人を

心から求めているのだと思うのよ。


大切にしてもらった経験は、いつしか

誰かを愛おしいと思う力に変わるのだと

私は、そう信じたいのです。


親子もきっと、そうなのだと思います。



| 不登校とAC | 18:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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