アダルトチルドレンからの回復~失ったものを取り戻す~

・°☆”Core Rebirth あなここ”オフィシャルブログ☆.。アダルトチルドレン(毒親・機能不全家庭・コミュニケーション不全・喪失感・依存症)から失った自分を取り戻すブログ

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ACの子育て④~6年前の時点から見る家族の未来予想図~

注意)パニック障害の方は読まないでください


やっと、本題らしくなってきました。

当時、ACの回復とは、一体どのようなものか
私もはっきりとは、分からずにいました。

ただ、楽にはなった・・・気がする。

なんとな~く、人の温かさもわかるようになった。
自分の変なところも、少しは修正できるようになった。
人と違和感少なく、交わることが出来るようになった。
笑うことが増えた。
何より、パートで得た仲間意識、チームワークは今までにない
新鮮な感覚でした。

カウンセリングの勉強もしていた。
表面上は、子どもたちは落ち着いている・・・と思い込みたい(笑

しかし、、無意識の癖は、残っている状態。。。←あまり自覚は無かった(汗


AC独特の、

ガラスのハート

思い通りに人を操作したい

良い子をしてしまう

自分の意思をはっきり出さない

依存的人間関係になりやすい

周囲の目が気になる

助けて、出来ないといえない

突拍子のないことを脈絡なくやる(ように外部からは見える)


などなど・・・


あなここ流でいえば、

配列が多い(時間、食べ物など)

第二の安全な場所へ逃げ込む

これらが、まだ、そのまま残された状態でした。

ここの時点での(きんたろうさんと対話を始める直前の時点)

未来予想図をしてみたいと思います。


表面の不登校という課題は無くなったように見えていたと思います。

しかし、元々の自己肯定感の低さ、

人と安心して付き合えるというベースは、

一定の安心が保障されている場所でなら、
(通信制高校、適応指導教室、塾、ゲームセンターなど)
まわりから承認される場所であるなら、
穏やかに過ごせるほどには、なっていました。

これは、娘も息子も、環境に守られている状態で
一時の、安定を見せていたと思います。

しかし、これが、押し出されるように一般社会に出た場合・・・

周囲は、自分を理解してくれる人ばかりではありません。

時間や、調味料、言葉の配列の多い場合
たちまち、まわりと合わせられなくて、行き詰っていくでしょう。

おそらく、娘は大学の時点で、引きこもり、
そして、自宅警備員となり←当時、息子の不登校の時に我が家で飛び交った言葉です
きっと友達とうまく交われない不自由な自分への腹立ちを、
暴れる、破壊するという行為で
母親である私にぶつけてくると思います。

それで済めばまだまだ、いいですが・・・
「私を見て」という強烈な空虚感は
これから先、彼女をずっと苛むでしょう。

人と普通に交われる感覚を知らないまま
誰とも交われない小さな世界に居続けるでしょう。

これは、現在、きっちりと私の中で確定しています。

そして、息子は大学へ行ったものの
行けない状態になり、
自傷が再発しているでしょう。

そして、やはりそれは理不尽への訴えとして
お金、買い物依存、問題を起こしていくでしょう。

私は、心が暴れる二人の子どもを同時にかかえ、
途方に暮れ、自分の身の安全を考えることしか出来ず

自分が子どもたちにつけた配列と癖によって
家族ばらばらに、引き裂かれ
家族崩壊へと、なっていったでしょう。

まだ、これでも生易しい未来予想図ですが・・・

表現が過激になるのでここらでやめておきます。

もし・・・あのとき、きんたろうさんと対話を始めていなければ・・・


年老いた親が、高齢化する引きこもりの子どもたちの面倒を見る・・・

または、子どもが親を傷つけるという事件が多発している現代ですが、

その原因には、不登校という目に見える部分よりも

とても根深いものがあると思うのです。

~次回へ~

| ACの子育て | 17:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ACの子育て③~9年前から6年前の現状~

~6年前の現状を振り返る~

さて、前回の続きです。

今から9年くらい前・・・

不登校になった息子をどうにかしたいと思い

あちこちの病院をめぐりました。

3ヶ月ほどの入院をしたこともありました。

目に見える自傷も酷かった時期でした。

娘は、ただ淡々と私たちを見ていました。
(この娘自身こそ孤独の真っ只中にいたことを当時の私には
気づく許容量もありませんでした)

私自身も、あちこちの掲示板や親の会などに参加していましたが
さっぱり手ごたえを感じず・・・

ただ、同じ仲間がいるということを
ネットで知ることで、私はほっとしていた気がします。
その中で、インナーチャイルドの癒しをやってみたりしているうちに
なんだか、今まで抱えていた不満足が満たされてきたように感じていました。
(これ、宗教のときと同じ感覚でした)
ただ、宗教的な枠がかなり緩いことが、違うだけでしたが・・・
それでもインナーチャイルドの過去回想を曲がりなりにも
数人でチームを組んでやれたことは楽しい思い出です。

私の親の呪縛の上にかけられた、強烈な宗教的思想が少し緩んできたこともあり
そうこうしているうちに息子は通信制の高校へ
自傷行為も次第に収まり
一見、普通に見えはじめました。

娘もそこそこ、部活や学校生活になじんでいるような様子でした。←あくまで願望(汗

この時点で、カウンセラーになりたいという夢がうっすらと湧き出てきたころでした
ちょうど、今から7年前のことでした。

その軍資金をためるために、パートに出るということをし始めました。
もうひとつ、パートに出るということは、社会でどれくらい現在の自分が通用するのか
それを確かめたかったのです。
この2本柱を目的とした、パートでした。

この目的は、達成されました。
パート仲間との交流で「社会で通用する」ということを体感した私は
ブログでも、かなり発信するということを意識して書いていました。

しかし・・・かといって、具体的に表現できるものが少なく
伝えられるものの少なさを痛感もしていました。
もうブログやめようか・・・

子どもたちも落ち着いてきたことだし←実際はそうでなかった
いやいや、自分の経験を発信してきたい・・・

でも、私も楽になったことだし、子どもも酷い状態から脱したことだし
もう、いいんでないか??
不登校は、終わったのではないか?
そんなことも感じていました。

その迷いの中
大きなターニングポイントがありました。

きんたろうさんと対話をし始めたことでした。
(「壊れた心を取り戻す」http://kokotiyoku.blog19.fc2.com/


| ACの子育て | 17:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ACの子育て②~現在から過去を振り返る~

私の息子が中学生2年の6月に
不登校になりました。

私には、長女(姉)と長男(弟)、年子の子供がいます。

その頃、とある宗教に私は
はまりこんでいました。

親の呪縛から逃れたい

憎しみと疑心から逃れて
晴れやかな美しい心を手に入れたい

空虚な心を満たしたい

生きる意味を知りたい



その理由は、主にこんな感じでした。

そして、その願いは叶えられないまま

無知なまま、ただ、宗教という教義を親の呪縛の上に

さらに塗込めてたころ

息子が不登校になりました。

力が尽きた、意志のない人形のように

崩れ落ちていきました。。。



それは、家庭が崩壊していく序章の合図でした。

しかし、当時、

自分しか見えてなかった私には

それは、序章などではなく、

たまたま、起きた出来事だと

どうにかなる、とタカをくくっていました。

方法さえ見つかれば、

こんなことは、夢のように思う時がくるような

きっと、方法をわたしが知らないだけ

そう感じていました。

どこか夢の中ですべてが

起こっているように感じていました。


また、当時は不登校のネット情報も少なく、

数少ない、不登校の仲間たちと

励まし合い、慰めあい、

知識の教えあいをすることで、

何か、特別な経験をしている気さえしていました。

今思えば、愚かなことでした。

そして、いつか子供が、誰よりもすばらしい子に育ってくれる、幻想にさえ浸っていました。

もし、今の私が、

過去の私を見るなら、


何もわからないまま
家庭は数年後、いずれ崩壊するだろうと

きっと、そう予言するでしょう。

どのような予言?

当時の私には分からなかったことですが、

今なら自分のことなので

的確に明言できます。

これは、予言でも占いでもありません。

もし、あの時の私のままであれば

確実に起こったことでした。

原因があって、結果がある。

結果は、次の原因となり

積み重なって、結果は出続けるものです。

自分が選択した連続の中で、

現実は転がっていくのです。

今の現実は、過去の自分が作ったもの。

このシリーズで

それが少しでも誰かの心に伝われば

いいと心から願っています。


~さらに次回へ続きます~



| ACの子育て | 20:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ACの子育て①

未来に希望を持ってほしくて

そして、共に歩む仲間が欲しくて

「歩いていこう」というタイトルで

ブログを書き続けて9年あまり過ぎました。

しかし、希望だけでは

人生は変わらない

そんなことも痛感する日々です。

希望を持つことは、同時に行動が変わるということ

これが、一番大切なことだと思います。

ただいたずらに、希望を持つことと

反対に絶望を描くことは

真反対でありながら、結局は
動けないことと同じなのだろうと思います。

アダルトチルドレンとして

不登校の親として、

この10年、激変した人生を送ってきましたが

現在から見える過去と未来を書いていこうと思います。

最初にお伝えしておきますが

これから書き綴ることは、

脅しにも聞こえるかもしれません。

もしかしたら、恐怖を与えるかもしれません。

私自身、誰かの未来を脅して

誰かを動かそうとかいう気は

全くありませんので、ご了承ください。

事実を書いていくだけです。

| ACの子育て | 02:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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